The LAST RUN・・・汽車は「富士」、海は“瀬戸内”、湯は“別府”
その“勇姿”を留めたい“記憶として風景”というものがあるのなら・・・その一つが、この光景だと思います・・・。


3月14日の“東別府駅”・・・寝台特急「富士」・・・“鶴見岳”と湯けむりの街“別府”を背景に・・・“終着駅”へと向う“The LAST RUN”・・・“名残りの汽笛”に手を振る人々と敬礼しながら見送る駅長さん・・・。

九州と東京を結んだ“ブルートレイン”が運んだものは・・・“夢”や“希望”、“不安”や“挫折”、様々な人の“人生”そのものだったんです・・・。

そんな人々の“後戻りできない人生”を・・・必ず“明日”へ向かって、“真っ直ぐ”連れて行ってくれました・・・。

失われることは“時代”の流れだとしても・・・“あの頃”を忘れないために・・・ありがとう「富士」・・・さよなら“ブルートレイン”・・・。

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by project-beppin | 2009-03-14 13:04 | 大分の風土・行楽 | Comments(4)
Commented by syotikure at 2009-03-15 23:21
寝台特急「富士」、私にも思い出があります・・・・。
受験で東京に向かったのも「富士」でしたし、
車窓から初めて富士山の威容を仰ぎ見たのも、
この「富士」でした。

学生の頃の帰省では、「青春18切符」を先輩や友達と一緒に買い、
深夜の東京駅を出で、乗り換え無しで早朝岐阜の大垣に着き、
そこから電車を乗り継いで、大阪南港発のフェリーに乗り、
翌朝日向に帰っていました。
これで、片道1万円かからなかったような記憶があります・・・・(笑。

そういう訳で「富士」に乗ったのは、18歳前後の2往復ぐらいだったと思いますが、
そういう時期だったからでしょうか、車内での出会いには
今でも印象深いものがあります。

寝台特急ならではの風情、
もう味わえないものなのかもしれません・・・・。
Commented by 酎州大分 at 2009-03-17 00:02 x
ショチクレさん・・・やはり“ブルートレイン”=寝台特急が運んだ思い出というか、運ばれた人に宿る回想シーンが甦りますよね・・・。

私は・・・一度だけ「富士」で東京へ出かけたことがあり・・・やはり、朝見る富士山の雄大な稜線の車窓風景が思い出されてなりません・・・あの17時間近く・・・寝台車の中での一人旅・・・自分と対峙する時空が・・・親元を離れて独り立ちする覚悟を生んだような気がしますね・・・。

失ってから思うんですが・・・あんな時間と空間と風情を・・・今から感じることができ無くなると思うと・・・やっぱり、正直、寂しいです・・・。

我が子にも・・・あの時空を経験する“心の旅”をしてほしかったような気もします・・・。
Commented by たんめん at 2009-03-18 01:58 x
ご無沙汰しております。(^_^;)

私、そこから別府駅よりの、(浜脇中のところの)うえん寺の跨線橋の上にいました。
11:05あたりに行ったら遅れているとの話、12:35に出直したらさらに遅れ…。
二回も別府駅へ電話しましたよ。

泣き叫ぶかのごとくの長い長い汽笛が涙を誘いました。

このラストランの翌日、別府から西鹿児島まで日中運行して引退になりましたね。
30年ほど前に東京から小郡(?)まで乗った思い出が消えていきました。


Commented by 酎州大分 at 2009-03-20 09:27 x
たんめんさん・・・嗚呼、誰もが見送ったんですね・・・。

私は・・・西大分駅で遅れていると聞き・・・別大国道を別府へ引き返しながら・・・各地で撮影準備する皆さんを見て・・・東別府駅まで戻ったところで駅員さんにさらに30分待っての撮影でした・・・。

あの汽笛は・・・さよならというラストコールなんでしょう・・・嘆きに聞える人は、やはりあの寝台特急の運んだものを知っている世代なんでしょうなぁ・・・。

そうですね・・・駅員さんにその話を聞いて・・・大分以南、佐伯、延岡、宮崎・・・と、過去にこの「富士」が走っていた日豊線の光景を記憶に刻んだ方もいたんでしょうね・・・。
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