HAKUDOU検地(その3) ・・・鉱山集落“木浦”の“名水”
山間へ向かって県道6号線を渓流を上るように分け入る感じで車を走らせると・・・“傾山”山系の谷間に開けるような集落“木浦”地区に辿り着きました・・・。

c0001578_241839.jpg“木浦”地区と書きましたが・・・地名は宇目町“木浦鉱山”・・・正に“鉱山”町として成立した元々“山師”の集落・・・格好よく言えば“コールド・ラッシュ”ならぬ・・・豊後の“鉱物・ラッシュ”の歴史を刻んだ“地霊”の開拓史があります・・。

この“木浦鉱山”が長年栄えたのには、諸説あるようですが・・・地形構造学的には“三本の構造線”のうち比較的古い“仏像構造線”の複雑な鉱脈が銅、錫、鉛、亜鉛、砒鉱などを産出したことによる“鉱物の博物館”であったこととともに・・・それらの鉱物の“製錬”を支える“水(湧水)”と“炭(木炭)”も豊富にあったから・・・ではないでしょうか・・・。

その枯れることのない“湧水”源が・・・この“木浦鉱山”を支えた“連光寺湧水”なのでしょうね・・・。

“名水館”前に車を停めて歩いて散策・・・“地霊”の恵みたる“名水”と“鉱山”町の佇まいを・・・少しだけ体験することができます・・・。


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c0001578_25291.jpg“木浦名水館”の前の道を突きあたると“正蓮寺”というお寺・・・そこのT字路を右へ石垣に沿って行くとその角を左折・・・
すると・・・このように看板の道案内・・・軽自動車一台ぐらいしか通れない細い道を・・・さらに奥へ歩くと・・・

c0001578_252413.jpgその道の突当りに山門が見えました・・・。

これが“蓮光寺”・・・天正十年(1582年)に織田軍との“天目山”戦いに敗れ滅亡した武田軍の一族がこの地に辿り着き、発見した鉱脈から錫の採掘を行ったとされていて・・・滾々と湧き出る“湧水”を見つけたのもこの一族であったことから・・・この地に“甲斐武田”との縁が深い寺として“日蓮宗 久遠寺末 法水山 蓮光寺”という正式名称の寺院を建立したとのこと・・・。


c0001578_261028.jpg山門から境内に入って左の新緑芽吹く樹木の下に小川のような流水の気配があり・・・そのすぐ近くに“豊の国 名水15選”に数えられた“証し”の石碑です・・・。

c0001578_263613.jpg湧水源から湧起る清らかな水の流れ・・・透き通るようにこれほど美しい流水紋の豊かな動きを400年以上前から絶やさず湧き続けている様を見ると・・・自然の偉大さを感じずにはいられません・・・。

この湧水源の名水を柄杓で掬って、一杯飲んでみたんですが・・・なんとも軟らかく甘い水・・・正に“名水”申し分ありません・・・。

c0001578_265791.jpg“蓮光寺”から戻りながらこの集落の“墓石”の並ぶ景色の遠景・・・“中岳川”を挟んだ向こう側には休校状態の“木浦小学校”・・・その手前に小さく写る“こいのぼり”・・・山間に拓けた“鉱山”町の“今”を見るような光景でした・・・。

c0001578_28234.jpgこの地の“歴史”を留めようと・・・“湧水”の恩恵と“鉱山”の風物を伝える施設“里の駅歴史の里 木浦名水館”・・・“湧水”を泉源にした“名水の湯”と“エノハ”や“椎茸”などの地元食材の料理が楽しめるとのことです・・・。

c0001578_283663.jpg“蓮光寺湧水”源から引いた飲料用“引き名水”・・・。

この清らかで豊かな水量は・・・生活水となっただけではなく・・・その昔、確かに鉱物を砕く“水車”の動力源としても機能していたでしょう・・・。

c0001578_285652.jpg“名水”が育てる水路の鯉もお見事・・・。

c0001578_295311.jpg“木浦名水館”に入ると・・・“地霊”を感じるスナップ写真のパネルがありました・・・。

山肌に貼りつくようにあった“木浦鉱山精錬所”・・・。

c0001578_2101174.jpg“鉱山”から“鉱石”を運んだ“ボンネット トラック”と生業として係わっている“山男”の勇姿・・・。

その後ろに映る店先の軒下には・・・右から“酒”、“焼酎”と・・・。

この頃の“焼酎”とは・・・宗太郎峠を越えてやってきた“日向”の焼酎か?・・・それとも、清酒蔵が蒸留した“粕取”の焼酎か?・・・興味深いところです・・・。

c0001578_2104085.jpg“鉱山”の大惨事“落盤”事故を縁起として始まったとされる“すみつけ祭り”・・・“山神社”の荒神様に災厄を払ってもらう“奇祭”・・・。

大根につけ鍋ずみを互いの顔につけあうことで・・・この集落に集まった“鉱夫”たちやその家族が無礼講で和み、仲間となってゆく上でも欠かせなかった“祭り”ではないでしょうか・・・。

そんな“鉱山”集落の“子守り奉公”の娘たちが唄った“宇目の唄げんか”も・・・当時の児童の“労働歌”であったということ・・・忘れてはいけない“地霊”の宿る“哀愁”があります・・・。
by project-beppin | 2009-05-25 02:12 | 大分の風土・行楽 | Comments(2)
Commented by 神戸のおいさん at 2009-05-25 15:17 x
南豊後の旅!
6月の下旬、大分へ同窓会発足100周年出席で約10日間帰分します。
酎州大分さんの
ブログに惹かれ南豊後を旅してみようと考えています。
津久見から暁嵐の滝~大入島~豊後二見ヶ浦~トトロそして一番目的の小椋酒造の『弥生神力』~木浦と楽しみです。
まだ他に見所、穴場があれば教えてください。
Commented by 酎州大分 at 2009-05-25 23:07 x
神戸のおいさん・・・県南の旅・・・是非!是非!・・・お気をつけて、行ってらっしゃい・・・飲酒運転だけはくれぐれもなさらぬように・・・。

風光明媚な景勝地ではなくとも・・・心に残しておく“原型の南豊後”を・・・お楽しみいただければ・・・そのうち“インナートリップ”出来る何かが想い出となると思います・・・。

♪ 知ぃ~らなぁい まぁぁちをぉ 歩いてぇ~み~たぁい
  どぉこかぁ とぉぉくへぇ 行ぅきぃたぁい~ ♪

・・・ですから・・・この後“木浦”、“藤河内”、“北川ダム(唄げんか大橋)”、“直川”と・・・続きますよ・・・。順次・・・ご紹介します・・・。
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