HAKUDOU師匠と“日田”巡行(その1)・・・“豆田町”と“月隈”
“雨月の会”から一夜開け3日(月)・・・HAKUDOU師匠と佐伯“雨月庵”を出発し・・・県南、佐伯I.C.から高速道路を約130km・・・県内の酒蔵を訪ねる旅・・・今回は、県西部の“日田”へ・・・JR九州“久大線”沿いを巡ります・・・。

c0001578_23383073.jpg先ずは・・・日田I.C.を降りて“月隈公園=永山城址”に隣接する市営駐車場(無料)に車を停め・・・歩いて“御幸橋”から“花月川”を渡り・・・“豆田町”を散策しました・・・。

江戸時代・・・“西国筋郡代”として発展した“天領 日田”・・・“幕藩体制”下で、九州の政治経済の“中心”であった“天領商家”の町並です・・・。

電柱が消え、国の“重要伝統的建造物群保存地区”に選定され・・・その歴史的な町並の“風情”が甦って、散策しやすくなりましたし・・・昔姿の駄菓子売り、人力車なども登場して・・・“商人町”の雰囲気を醸す演出もなかなかのもの・・・。

春の“おひなまつり”・・・夏の“祇園祭り”・・・秋の“天領まつり・千年あかり”・・・冬の“十日恵比寿”などなど・・・四季折々の催しも町の“情景”を際立たせてくれると思います・・・。

この日は午前10時頃から・・・師匠にはこの町並とともに酒屋や蔵での“試飲散策”を愉しんでいただくこととし・・・こんオヤジは、その“エスプリ”を感じる“景観散歩”といたしましょう・・・(笑)。

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c0001578_23422947.jpg“花月川”沿いから“御幸橋”を渡ってまっすぐ“御幸通り(旧 下町通り)”へ入って・・・“豆田散策”を開始・・・。

“天領=日田陣屋=西国筋郡代”で・・・政治経済的にも地政学的にも“幕府統括”における九州の要所であった“日田”にあって・・・対岸の“月隈”が“陣屋=武家屋敷”であったのに対し・・・その“商家”街がこの“豆田町”・・・“日田商家”の主な特徴は“日田金(ひたがね)”と呼ばれた“幕府金融業”としての集積だったと・・・。

この町並の背景には・・・幕府直轄の“権力と富”が直結して、その“繁栄”を支えたという経緯があるようですね・・・。

c0001578_23431823.jpgそんな“権力と富”の“安泰”を祈る建物に付した象形・・・“漆喰”壁の“鏝(こて)絵”・・・。

どちらも“吉祥文様”ですが・・・家屋害虫“鼠退治”をする「鷹」・・・“子だくさん(子孫繁栄)”の「兎」と“火消し=防火”の「流水(波紋)」・・・でしょうか・・・。

“黒漆喰”壁で、浮かび上がるコントラストですから・・・より、立体的で繊細な浮盛塑像に・・・“リアリティー”があります・・・。


この町並を歩いていると・・・“(販売)酒屋”が多いことに気づきます・・・。そして・・・その各店舗が・・・今も、地元の“酒(醸造)蔵”の3蔵を・・・何れも大切にしている様子が窺えました・・・。ある店では・・・軒下の看板が・・・地元の3蔵・・・“角の井”、“薫長”、“老松”と・・・竹田市(久住)の“千羽鶴”・・・何れも蔵を代表する定番“清酒”銘柄・・・。

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c0001578_23444068.jpgこちらの酒屋さんでも・・・3蔵の清酒や焼酎が試飲できますし・・・“いいちこ日田全麹”や“(日田工場)サッポロビール”もちゃんと販促ディスプレイしています・・・。

“筑後川”経済文化圏である日田は・・・今も“清酒”の酒文化が色濃く活きていて・・・3蔵が清酒でも焼酎でも“共存・共栄”できるよう配慮しているんでしょうなぁ・・・。


c0001578_23451153.jpg軒下の連なる“長屋”・・・今から約170年前の建物・・・。

“御幸町通り”と“上町通り”を結ぶ横通りの路地も・・・“田町”、“魚町”、“住吉町”、“油屋町”、“風呂屋町”などなど・・・旧名にも風情があります・・・。


c0001578_23455746.jpg伝統建築を町並として保存し維持することは大変で・・・“重要無形文化財”ともなればなおさら・・・。

草野本家”・・・建造物の維持管理のためにも・・・旧家の所有する歴史的な家財や調度なども含めて・・・“一般公開”を行って、少しでも“維持費”を補うことも・・・“文化と町並”の継承に繋がるというもの・・・。

こうして“入観料”を頂くことも・・・“利益”ではなく“経費充填”であると・・・この“手づくり版画”のポスターが物語っています・・・。

c0001578_2346217.jpg清酒発祥の“酒蔵”が市内に3蔵も“共存・共栄”するだけでなく・・・同じ“醗酵醸造業”たる“味噌・醤油蔵”も市内各地にあり・・・“屋号”と“暖簾”が築いた“地霊の味わい”が各々現存するのも・・・日田の特徴ではないでしょうか・・・。


c0001578_23465269.jpg瓦屋根と漆喰壁と軒暖簾で“豆田町並”を進めば路地に・・・“水路”が多く・・・“治水”と“都市機能”の“水郷 日田”とも呼ばれる町の景観・・・。

町名も・・・その“港町”も名残りでしょう・・・。。

上流の花月川からこの“城内川(井堰)”を通り三隈川・・・三隈川から筑後川となって有明海へと下る河川交通・・・水運川舟“積み出し”の“港”だった景観を思い起こすことができます・・・。

c0001578_23472195.jpgその“水路”に影を落とす“白藤(シラフジ)”・・・“園芸種”のこの花が“天領商家”に似合います・・・。

c0001578_2347442.jpgこちらが“上町通り”・・・。

“九州の道は日田に通ず”・・・江戸時代には“日田往還”と呼ばれた各“街道”が・・・小倉(北九州)、博多(福岡)、久留米、熊本、竹田、府内(大分)、中津から・・・この“上町通り”に繋がっていたと言っても“過言”ではないようです・・・。

この通りの象徴的な建物といえば・・・その一つが“日本丸(にほんがん)館”・・・。

c0001578_2348967.jpgそして・・・もう一つが“一新橋”沿いの“薫長酒造”・・・。



“花月川”の対岸から振り返るその“瓦屋根”の群・・・“酒蔵”の集合建築・・・重要“酒形文化財”と言っても“過言”ではありません・・・(↓が110°のパノラマ・モンタージュ・・・画像をクリックすれば、大きく別表示します・・・)。
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c0001578_2349688.jpg“日田陣屋”があった辺りから・・・“豆田の城山”と呼ばれた日田“三丘”の一つ“月隈”を眺めることができます・・・。
by project-beppin | 2010-05-09 10:12 | 大分の風土・行楽 | Comments(0)
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