豊後歳時記・・・ツバメ巣立つ頃
梅雨の合間、空を見上げれば・・・♪ 電線にぃ~ スズメが三羽 止まってたぁ~ ♪ではなくて・・・“ツバメ(燕)”・・・。

c0001578_032787.jpg初春に渡ってきたというか、戻ってきたというか・・・その燕が・・・“つがい”となって、巣をつくり、卵を温め、ヒナを育てた月日を経て・・・“巣立ちの頃”となったようです・・・。

まだ、胸元に幼羽が残る子燕たち・・・電線に止まるまでの飛び立ちは終えたものの・・・餌を捕ることはできないようで・・・親燕が餌を銜えてくるのを待っているようです・・・。

親燕はというと・・・せっせと餌を運んでは・・・羽ばたいて餌をねだる子燕に口移しで丁寧に与えていました・・・。

図体は一人前になった子燕ですが・・・親燕の元を離れ“一羽立ち”するまで、もう少しという・・・巣立ちの光景・・・。

   子燕の 心に応える 発つまでは       酎州

我が家の長男坊と重ね合わせながら・・・心情的に眺めた光景でした・・・。

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by project-beppin | 2010-06-30 01:08 | 大分の風土・行楽 | Comments(8)
Commented by syotikure at 2010-06-30 21:39
うちの近所でも雛が巣立って、数が増えたように思えます。
代わりに、ちょこちょこ鳴いていた鶯はどこかに行ったようで・・・・。

「金髪の生えた」子や「いかにも明治らしく黙々と走ってた」子、「地面を叩いて悔しがっていた」子達が世界に巣立って、4年後成長した姿を見せて欲しいものです。
Commented by 立ち呑みHAKUDOU at 2010-07-01 15:25 x
ショチクレさんの視点の展開に上手い!対比が面白いですねえ。燕とサッカー。酎州大分さんの俳句に触発され私も一句。

  ■   ■   ■

  電線を見上げる男も燕尾服

              酔墨

Commented by 酎州大分 at 2010-07-01 21:03 x
ショチクレさん・・・燕、巣立ちましたねぇ~・・・これから、新たなつがいがまた、子育てするんでしょうか・・・。
鶯は、こちらでは、また鳴き出しましたよ・・・。

HONDA、NAGATOMO、KAWASHIMA、などなど・・・ほんと、これからローマ字でメディアに登場することになりそうな岡田Japanの“燕”たちには・・・成長した“親燕”として、戻ってきてほしいですね・・・。
Commented by 酎州大分 at 2010-07-01 21:14 x
HAKUDOU師匠・・・燕の巣立ち・・・で、皆、それなりに映す想いがありますね・・・。

師匠、この一句、上手い!・・・“燕尾服”と言えば・・・あの“ベンジャミン伊藤”・・・“電線音頭”・・・感服しました!
Commented by tatinomi1 at 2010-07-01 21:41
いえ、世代の違いでしょうが、鶴田浩二。
昭和の名曲「街のサンドイッチマン」です。
哀愁の極みです!

◎最近「右翼の街頭宣伝車」で鶴田浩二の
  「軍歌」を流さないのが淋しいなど
  消え行く昭和を慈しみたくなります。

  ◎今のサンドイッチマン、単なるプラカード持ち
    それも「ネットカフエ」に対抗する、
   「ビデオ個室」が主流ですねえ。

Commented by 酎州大分 at 2010-07-01 23:00 x
師匠!・・・そうですかぁ、それは失礼しました・・・・・・m(_ _)m。
ここで“鶴田浩二”・・・
  ♪ ロォイィドォ~ 眼鏡にぃ~ 燕尾服ぅ~
     泣いたらぁ~ 燕がぁ~ 笑うだろう~ ♪
とは・・・いやぁ~・・・原体験の“引き出し”には、無かったです・・・。

遠くなる“昭和”ですか・・・確かに、哀愁の“サンドイッチマン”ですね・・・。

別府では・・・その人混み自体が無くなっていまして・・・サンドイッチマンという“宣伝”職自体が・・・成り立ちません・・・。夜街の“流し”も・・・然りです・・・。 

Commented by 立ち呑みHAKUDOU at 2010-07-04 02:49 x
別府観光で有名な流し、いましたよねえ。「夜桜銀二」は伝説の侠客。流しは「流しの銀ちゃん」でしたか。大阪も十三に、京橋に10年ほど前までは現役でいました。流しファンは、あろうことか、「流しを伴い店を回る」そんな信じられない風景も、昭和の残影。「カラオケ」より哀愁は数段格上です。
Commented by 酎州大分 at 2010-07-04 08:58 x
HAKUDOU師匠・・・「湯の町」別府の流しといえば・・・“はっちゃん”と“ぶんちゃん”ですね・・・。
↓に『名物の流しコンビ再出発、二代目「はっちゃん」後輩襲名』 (読売九州発)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/entame/onsen/oita/20100407-OYS8T01085.htm

私自身が“夜街活動”を“自粛”している?させられている?こともあり(笑)・・・この“流し”の風情にふれることがほとんどなくなりました・・・。人が集うところにこそ成り立つ“庶民文化”は・・・少なくなりましたね・・・戦後昭和がこの国の“青春時代”であったんでしょうね・・・。街を“流し”とともに巡るとか、贔屓にして“指名”するような“街”と“庶民”のために“一緒”になれる“余裕”が“粋な”時代でしたが・・・“一緒”よりも“個人”が尊くなったら・・・あれよあれよ・・・ですね・・・。
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