宇佐神宮 参拝(その2:下宮)・・・“呪術神道”の余光
“下宮詣らにゃ 片詣り”と言われる“宇佐神宮”・・・その“下宮”へと参道を向います・・・。

c0001578_1530893.jpgしばらく、宇佐をめぐる古代史に“アースダイブ”していて(笑)・・・知り得たことによると・・・一説には、“邪馬台国東遷説=神武東征”の九州からの出発地とも・・・“卑弥呼廟=宇佐神宮”とも推定する説もあるようで・・・“地霊”を司る“宇佐氏”に・・・渡来系の“辛嶋氏”が加わり・・・ヤマト朝廷ゆかりの“大神氏”が関わったとされるのが・・・どうもこの神宮の“黎明期”のようです・・・。

“下宮”・・・旧くは神への御供物を煮炊きする“竈(かまど)殿”があったとされることから“御饌(みけ)宮”とも称され・・・“農林水業”など広く産業全般に御神威ありと・・・庶民の信仰も篤いとされています・・・。

それとともに・・・この“下宮”の境内で目を引くのが“兆(さまし)竹”・・・亀甲での“卜(うらない)”で神託を下すという“古代神道”の“呪術”に用いられた竹・・・この“卑弥呼”のシャーマニズムにも通じる“呪術神道”の余光にふれることができます・・・。

“宇佐神宮”・・・知れば知るほど興味深いところです・・・。




c0001578_15314054.jpg“上宮”から“下宮”への途中にある“若宮神社”・・・御祭神“大鷦鷯命(おおささぎのみこと=仁徳天皇)・大葉枝皇子(おおばえのみこ)・小葉枝皇子(こばえのみこ) ・ 隼別皇子(はやぶさわけのみこ)・雌姫皇女(めどりのみこ)


c0001578_1532185.jpg“下宮”への参道・・・神聖な樹林が続いています・・・。


c0001578_15321450.jpg
“上宮”からすれば清楚な佇まいの“下宮”・・・。


c0001578_15322898.jpg“一之御殿”・・・御祭神“八幡大神”(応神天皇)
その隣には・・・摂社“大神祖神社”・・・御祭神“大神比義(おおがひぎ)翁之霊”


c0001578_15323948.jpg“二之御殿”・・・御祭神“比売大神”・・・


c0001578_15325618.jpg境内にある“兆(さまし)竹”・・・つまり“ヤダケ(矢竹)”の比較的“竹幹”の径が太いもの・・・九州では、一般的にこれを“篠竹(しのだけ)”と呼ぶようです・・・。

この竹・・・見た目は“京都御所 清涼殿”の“漢竹(かわたけ)”と同じようです・・・。


c0001578_15332173.jpgそう言えば・・・“別府竹細工”の重鎮であった故 岩尾勝太郎 氏が・・・昭和天皇の“大嘗祭 御神服入目籠”は・・・この“篠竹”で編んでこそ“神事祭器”と言っていたことを思い出しました・・・。


c0001578_15335196.jpg苔生す日向(ひなた)に“赤蜻蛉”・・・。


c0001578_15341315.jpg“下宮”の門を出れば・・・


c0001578_15342815.jpg祭器具等を納める“高倉”・・・高床、寄棟造(よせむねづくり)になっています・・・。


c0001578_15344011.jpg“献酒”屋のある広場“御輿掛”に戻ると・・・祭典の祓の儀を行う“祓所(はらいしょ)”・・・。


c0001578_1535394.jpg“祓所”から見上げれば・・・紅葉が始まった椛(モミジ)・・・。


c0001578_15354181.jpg“神仏混淆”の時代・・・“弥勒寺”のあった西参道の向こうには・・・“呉橋(くれはし)”が見えます・・・。


c0001578_15355352.jpg“呉橋”・・・神宮を廻るように流れる寄藻川に架かる屋根付きの神橋とのこと・・・。


c0001578_1536624.jpg境内の東側には・・・“菱形池”・・・蓮池に泳ぐ真鴨


c0001578_15361945.jpgここも色づき始めたばかりの紅葉・・・。


c0001578_15364020.jpg境内を東に出ると・・・“奥宮”であり“元宮”となる“大元(おおもと)神社”へと向う参道の入口・・・。また、この参道を上れば・・・“道鏡事件”で活躍した“和気清麿”朝臣命を御祭神に祀る“護皇(ごおう)神社”も・・・ご鎮座・・・。


c0001578_15381897.jpgその参道脇の桜古木に・・・“小春日和”に季節を違えた“桜花”一輪・・・。


c0001578_15383144.jpg橋を渡って境内から参道を戻ると・・・


c0001578_15384733.jpg大正5年から昭和40年までの約50年間、“豊後高田”とここ“宇佐八幡”8.8km結んだ“宇佐参宮線”で活躍した“26号機関車=クラウス号”が展示されていました・・・。


c0001578_1539668.jpg神宮前の“仲見世”では・・・“千歳飴”の原型とも思える“宇佐飴”と清酒“御奉酒”を買って・・・“宇佐神宮”参拝を終えました・・・。
by project-beppin | 2006-11-25 15:40 | 大分の風土・行楽 | Comments(2)
Commented by tatinomi1 at 2006-11-26 07:12
アメリカ神宮。本当に素晴らしいですねえ。
今の皇室の主流系である、渡来系「天つ神」が
滅ぼしたり、同化させた、土着系「国つ神」を
封印したのが宇佐と出雲だとされていますねえ。

たたりを恐れ、正面の鳥居から本殿までが、
不思議にまっすぐでなく、迷路のようにゆがんでいるのも
「たたる霊」が出てくるのを防ぐ意味、

普通3回の拍手が、ここと出雲だけは4回というのも
たたりを恐れた、見かけ上の「敬意」ではないかと。

やはり「地霊」には、なにかありますねえ。
酒飲みのオイさんには、コレが見えるでしょうなあ。
Commented by 酎州大分 at 2006-11-26 21:42 x
HAKUDOU師匠・・・流石の博学と見識・・・。

“本殿と参道配置”、“四拍手”・・・“怨霊”の祟りを沈める“御霊信仰”の儀礼形式との説・・・御意・・・。

出雲の大国主命は・・・国譲りの“国津神の怨霊”ですが・・・
宇佐は?・・・井沢元彦「逆説の日本史-古代黎明編-」によれば・・・卑弥呼(=天照大神)の治世に起こった248年の“皆既日食”を“呪力の衰え=神の啓示”として“卑弥呼殺害=アマテラス天の岩戸隠れ”と捉え・・・“卑弥呼(比売大神)の怨霊”を“応神”と“神功”を脇に祀り“鎮魂”したと・・・。

“古代の九州王権の謎”・・・確かに“地霊”に何かあります・・・。

“神酒”によって・・・“地霊神”と交信していると・・・いうことで・・・“酒飲み”は正当化できますね・・・。
私も・・・見えるような気がします・・・(笑)。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< “大分味一ねぎ”の旨みが充分・... 宇佐神宮 参拝(その1:上宮)... >>