明治の“美笑醜渋”・・・東光寺“五百羅漢”
せっかく、宇佐まで来たのですから・・・市の官庁街から駅館川(やっかんがわ)に沿って河口に向う“柳ヶ浦”方面へ・・・。

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c0001578_21585151.jpg県下一の穀倉地帯といわれる平野の県道を走っていると・・・“東光寺五百羅漢”の案内板・・・道案内を辿りながら訪ねることに・・・。

平坦な田園風景の中に、赤い屋根と木立の佇まい・・・遠目には地域の“庄屋旧家”に見える曹洞宗“医王山 東光寺”・・・ご本尊“薬師如来”・・・。

広い駐車場から山門を潜り・・・脇道に沿って寺の奥へと周れば・・・常緑の樫?双樹の正面奥に“大日如来”を配し、その小丘状の周辺に安置された“五百羅漢”・・・。

幕末から明治にかけての維新動乱期・・・15代“道琳”和尚により、干害に苦しむの住民を救うため、約20年の歳月をかけて安置されたとされるこの表情豊かな“羅漢さま”たち・・・。

人の“煩悩”と“喜怒哀楽”を表す羅漢さまの“美笑醜渋”・・・一体一体のこの“羅漢さま”を眺め拝しながら・・・この羅漢さまに自らの心情や性格を映した表情を見つけることで・・・自らを見つめ直し“自戒”と“自律”に向うことができるのでは?・・・そんなことを思ってしまった次第・・・これが“仏に救われる”ということでしょうか・・・(笑)。




c0001578_041446.jpg東光寺・・・広々とした宇佐平野の田園風景の中に佇む小さな寺なんですが・・・この“五百羅漢”の観覧参拝者が多いのか?・・・観光バスも停めることができる大きな駐車場があります・・・。

c0001578_04285.jpg案内板に沿って寺の庭側に回ると・・・このとおり小丘状の“石の群像”・・・。

c0001578_044112.jpg双樹の手前の階段口の両脇には“陽の石”と“陰の石”を配し・・・シンメトリーでありながら・・・相対する世界観を象徴する空間構成・・・。

c0001578_045489.jpg聞くところによると・・・手前よりも上った奥に行くほど、羅漢さまのお顔が温和で・・・“悟り”の境地であるとのこと・・・私には、手前の煩悩や苦悩を抱えた羅漢さまの方が愛着がわきます・・・。

c0001578_054882.jpgまさに一つとして同じ表情やしぐさがなく・・・キャラクターも違います・・・(笑)。

c0001578_055966.jpg腹の中まで“御仏”に帰依していることを“これみよがし”に見せているという・・・ユーモラスな羅漢さまも・・・。

c0001578_061139.jpg今にも、話しかけられそうな“微笑み”があったり・・・。


c0001578_062454.jpg酒の飲みすぎで・・・目がはれた“ウルトラマン”のような方も・・・(笑)。

c0001578_063990.jpg最上部には“後光”を持つ“菩薩”に近い存在となった“羅漢”・・・。

c0001578_065976.jpgそして、“御堂”には・・・中心的存在“大日如来”・・・。

c0001578_071927.jpgその“五百羅漢”の小丘から、さらに奥まったところに“十六羅漢”・・・。

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c0001578_074954.jpgこちらの羅漢さまは・・・もはや“悟り”に到達されたかのような・・・“崇高さ”があります・・・。

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c0001578_081548.jpgその中央には、奈良の東大寺にある“仏足石”を模したとされる石板がありました・・・。

c0001578_082876.jpg穏やかな暖かさに誘われてか?・・・早くも白梅が“三分咲き”でした・・・。
by project-beppin | 2007-03-04 10:52 | 大分の風土・行楽 | Comments(6)
Commented by tatinomi1 at 2007-03-04 20:41
こういう土着の「ごちゃごちゃ」したんがいいですねえ。
キリスト教のように、こういう渋い趣すら
程度の低い、「土民の教化」として、
世界中、ブルトーザーで葬るようなことを。
その先にあるものは・・・・
Commented by 酎州大分 at 2007-03-04 21:36 x
師匠・・・何処かにいそうなユーモラスな羅漢さま・・・土着の大分人を模したのでしょうか?・・・。

多様な人間性と個性を肯定するかのごとく・・・眺めていても“寛容さ”や“おおらかさ”がありますね・・・。

この羅漢さまを見ていると・・・混沌とした世の中にあって・・・“みんな違ってみんな好い”的な世界観を持つことができるような気がしたりします・・・。
Commented by けんじ at 2007-03-07 01:53 x
前に紹介されてた宇佐の酒「民潮」を思い出しますねえ(笑
「「続日本紀」に記載されています宇佐神宮の法蓮和尚は、酒で人々の心を癒やした記録されています。その法蓮和尚を慕う人たちは潮が寄せるように集まったという故事にちなんで「民潮」と命名」

大らかな一人、一人の表情が素晴らしい。

ああ、大分の酒を大分で飲みたくなってきました。行かなくては・・
Commented by 酎州大分 at 2007-03-07 21:08 x
けんじさん・・・感服いたしました・・・また一つ貴殿から教わりました・・・。

さすが“日向の博識”・・・この五百羅漢を・・・酒で人々の心を癒やしたとされる法蓮和尚を慕い潮が寄せるように集まった人々に見立てるとは・・・。

そして、それが・・・あの清酒「民潮」の由来ですか・・・素晴らしい引用・・・参りました・・・。

大分の酒・・・清酒「民潮」も麦焼酎「喜納屋」などなども・・・全てが貴殿をお待ち申し上げてますから・・・(笑)。

もう少し暖かくなって・・・一献・・・是非・・・。
Commented by NED-WLT at 2007-03-08 15:18
羅漢さま、表情最高ですね。僕も煩悩に溢れた羅漢さまの表情に、どこか救われるような気がします。それにしても、かなり漫画チックとも言えるような作品が多いですね。特に、腹の中の御仏を自慢するような羅漢さまと、お酒の飲みすぎで目がはれてしまっている羅漢さまには、かなり反省させられます(笑)。
Commented by 酎州大分 at 2007-03-18 01:20 x
NED-WLTさん・・・リコメントと遅くなり恐縮です・・・。

五百もの羅漢さま・・・煩悩あればの悟りですから・・・その煩悩を否定していないところが好いですね・・・懐が深いからこそ、私なども救っていただけるのではと・・・思えるんでしょう・・・(笑)。

この石像の表情に自らを映すと・・・私もNED-WLTさんも互いに・・・生き様が実は“漫画チック”なのかもしれませんね・・・(笑)。

反省とは偉い・・・さすが“悟り”に近づこうとしてますね・・・。
私などは・・・懲りずに・・・です(爆)。
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