“憤怒の明王”の真意・・・真木大堂
“六郷”の一つ“田染郷(荘)”の“れんげ畑”の風景とともに佇む・・・国東六郷満山霊場 第4番札所 本山本寺・・・馬城山「伝乗寺」・・・。

c0001578_22455045.jpg旧くは“六郷満山”の寺院中でも36寺坊の霊場を有したこの大寺院・・・その各寺坊のご本尊を一堂に集めたのが「真木大堂」・・・。

寺院としての“本堂”や信仰の対象としての“御仏”に参拝するというよりも・・・宗教法人でありながら“収蔵庫”と呼ぶ場所での“ご本尊”拝観・・・。

“宗教空間”というよりも・・・“ご本尊”であった平安後期の“木造仏”のみを収蔵した“仏像博物館”と言った方が正しい表現かもしれません・・・。

収蔵庫内撮影禁止の“ご本尊”たち・・・国の重要文化財に指定された“阿弥陀如来坐像”、“大威徳明王像”、“不動明王像”、“四天王立像”、“二童子立像”であり・・・確かにその“仏教彫刻美術”的な秀でた造形美の価値が高いこともわかりますが・・・その“収蔵庫”での取り扱われ方には・・・“信仰の精神文化”と“六郷満山の地霊”を全く感じることができません・・・。

参拝料ではなく、拝観料を払って鑑賞する“平安木造仏”というのであれば・・・“大分県立歴史博物館(宇佐風土記の丘)”や“大分県立芸術会館”にでも収蔵していただいた方が、保存状態も展示鑑賞状態もいいでしょうね・・・。

このままの“拝金商業主義”的な“ご本尊展示”を続けるのが宗教法人たる「真木大堂」の本意なのか?・・・釈然としない気分でした・・・。

この“六郷満山”の信仰文化を敬愛する一介の俗人オヤジとしては・・・“憤怒する明王”の御影(みえい)が・・・“現世(この扱い)への憤怒”に思えるのですが・・・(哀)。

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c0001578_22461088.jpg手水場と鐘堂の佇まい・・・


c0001578_22462254.jpgこちらが“伝乗寺”の“本堂”・・・


c0001578_22463791.jpg本堂内には“ご本尊”は安置されず・・・“収蔵庫”へと・・・。
その代わりでしょうか?・・・本来なら“門前の仁王さま”であるはずの(国東では珍しい?)木造仁王立像が本堂内に・・・。


c0001578_22465089.jpg境内の裏手となる場所から見た木造“本堂”(左前)と耐火構造“収蔵庫”(右奥)・・・。


c0001578_2247494.jpg山頂遥拝所や六所権現などがある“馬城山”への山道・・・


c0001578_22472120.jpg“田染郷”周辺の石造の塔、碑、祠、仏などが遷地されて並ぶ“古代公園”・・・。


c0001578_22473886.jpg青面金剛(一面六臂)像と三猿、二鶏、四夜叉が刻まれた・・・“庚申塔”・・・。


c0001578_22475398.jpg宝塔(ほうとう) の国東地方型としての特徴を持つ・・・“国東搭”・・・。


c0001578_2248436.jpg教育的に“六郷満山文化”を見学するダイジェスト版の学習観光施設という感じですね・・・。
by project-beppin | 2007-05-04 22:48 | 大分の風土・行楽 | Comments(3)
Commented by tatinomi1 at 2007-05-05 08:13
真木大堂。ここもいいですねえ。仏像拝観、こっちはゆきませんでした。信仰の対象のはずの仏像が「美術品」としての「物」になるあわれさ。

飛鳥の寺院をまわりましたが古すぎ「縁起」の記載無しが多い。国東の寺院も同じ。これは一般家庭も同じ。成金さんが立派な「家系図」を不思議にも持っているのと同じですねえ。

酒や焼酎もおなじですねえ。古い寡黙な蔵は「能書き」がないのに、今をときめくプレミア蔵は、立派な「縁起」で浅薄さをカムフラージュ。それに騙される民衆は古今同じ。地霊の酒もプレミアになったとたん、「地」の呪縛を離れ「金の世界」の住人となります。これが「地霊の酒」の全国区化。まあこれもいいですが。やはり「寡黙な地霊の酒」を地場の磁場を肴に「地場のオイさん」と飲みたいですねえ。

■飛鳥で、感動。以前信濃善光寺。不思議な寺。宗派なし。天台、真言、曹洞宗がなどが輪番で勤行。国東の神仏混淆の闇に通低。もっと驚いたことにここは、「本田さんのお寺」と呼ばれる。朝鮮の「本田善光」さんが難波の池で「仏像」を拾って、ここにお祭りしたのが善光寺。ああ、ほんに吃驚。善光寺には「本田善光」さんの坐像あり。
Commented by tatinomi1 at 2007-05-05 08:13


もともと、大分南海部郡に上陸した海洋古部族の行き着いた先が長野だそうです。大分県人・長野県人はルール繋がり。

あ、話が脱線。

先日飛鳥の民宿。朝早く起き。雨模様のなか散策。宿の近くに「難波池」おお、本田さんが仏像を拾った池。小さな池。

なんと、長野、信濃、豊後、が一瞬にある一線で繋がる。ああ、打ち震える感動。地霊の「雄たけび」。
Commented by 酎州大分 at 2007-05-08 19:58 x
HAKUDOU師匠・・・リコメント遅くなり申し訳ございませんでした・・・。

仏教美術的な美の対象という“もの”や正当性の自己主張“縁起”などを超越した・・・信仰の“偶像”や“民衆伝承”を礎としての“六郷満山文化”であって欲しいものです・・・。

>「寡黙な地霊の酒」を地場の磁場を肴に「地場のオイさん」と飲みたい・・・
ホント、そんな“地場の磁場”で杯を傾ける清酒や焼酎に宿るものには・・・単なる“美味さ”とは違う“感情の味覚”がありますからね・・・・。

信濃善光寺・・・そうでしたかぁ・・・。

安曇族の地・・・海神を祀る文化・・・宗像、住吉とも通ずる三神崇拝・・・海洋民族の文化に、騎馬民族の支配権力という古代史のロマンに繋がりますね・・・。

私は・・・長江文明と古代日本・・・龍蛇信仰の海洋民・・・などにも興味があります・・・。
http://www2.ocn.ne.jp/~bunmei54/kuroshio.htm

それにしても・・・“世界長”の親仁さん、よくぞ“地霊の渾身焼酎”をと・・・感服いたしました・・・。
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