竹の歳時記・・・“五三竹”の“落葉”と“新緑”
この土日の好天・・・別府市内で唯一の“棚田百選”に選ばれた“内成(うちなり)”でも・・・順調に“田植え”が終って、“鏡面”となった“水田”に早苗の若葉がなびく光景・・・。
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里山の春から初夏へと移り行く光景は・・・樹木の“新緑”から水田の“早苗”に代表されますが・・・丁度、その間の1ヵ月間ほどの4月下旬のから6月の初旬は・・・“孟宗竹(モウソウチク)”から始まり・・・“真竹(マダケ)”、“五三竹(ゴサンチク)”へと続く“竹林の黄変”=落葉する季節となって・・・これが俗に言う“竹の秋”・・・。

大分県下には・・・“別府竹細工”で使用されるという“真竹”林が多いのですが・・・たまたま、散歩の途中で見かけた通称“五三竹”(学名:ホテイチク)の“竹の秋”の落葉(撮影日:5月1日)から・・・“筍”の新緑(撮影日:5月30日)への移り変わりを“定点観測”・・・対比するようにその画像を並べてみました・・・。

竹は・・・イネ科タケ亜科タケ属との植物分類に属するとのことであり・・・アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)が・・・“Oriental Mysterious Plants !”と言ったという事実はないようですが・・・(笑)。

その植生と神秘的な生長は・・・興味があります・・・。

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c0001578_164673.jpg “五三竹”・・・このように、地際の節部分がランダムになっているのが特徴のようで・・・戦後、西大分港付近には・・・この竹で製造した“継ぎ釣竿”屋があって・・・盛んに県外に商売をしていたとのこと・・・?。

確かに釣竿にすると・・・この根元に近い部分が“グリップ”の役目を担ったんでしょう・・・。ここにも、竹を活用した“先人の智恵”が・・・見え隠れしています・・・。

左が2-3年たった“竹の秋”の“親竹”・・・右が“筍”が伸びた“若竹”・・・緑の鮮やかさは、全く違いますね・・・。


c0001578_172480.jpg黄変した葉が落ちて・・・筍が生え・・・若竹となってその枝に新緑の竹葉が茂ると・・・大分も“夏本番”を迎える頃となります・・・。
by project-beppin | 2007-06-11 01:07 | 大分の風土・行楽 | Comments(6)
Commented by 笹 一角 at 2007-06-11 06:48 x
おはようございます。
竹林は日本の里にぴったりの添景ですね。ただ、今住んでいるところには竹藪がないので七夕の時期の竹さがしには苦労します。わたしも竹と竹細工の明快な美しさに惹かれ、機会あるごとに各地の竹製生活道具をチェックするようにしています。竹の種類、編み方、補助材の木の種類などそれぞれの地方性が出ていて、とくに編み方の合理性と落ち着いた機能性にはいつも驚嘆するばかりです。
http://www.linkclub.or.jp/~amana/5/kago-jihsan.html
九州の山奥にはサンカ/山窩の痕跡が残っていますが、大分の竹細工はとくにその伝統を意識的にか(無意識的かもしれませんが)大事にしているようで興味あるところです。
Commented by daikanyamamaria at 2007-06-11 22:47
project-beppin さん、こんばんは~”♡
故郷から、竹林の風がそよそよと吹いてきました☆
懐かしさで、胸がいっぱいになってしまいました。
年に、何度も帰省しているのに、可笑しいでしょう。。。♠♤♣
竹の釣り竿、亡き父も愛用していました。
今ごろは竹林の中を飄々と呻吟していることでしょう♬♪。。.゜。*.。♡
Commented by 酎州大分 at 2007-06-12 00:06 x
笹さん・・・日本の竹林面積の70%が九州だそうで・・・正に竹林と竹文化の宝庫・・・。七夕には・・・それこそ、この五三竹(ホテイチク)が丁度いいんですがね・・・高さも葉枝の付き方も・・・。

笹さんの“かご爺さんのことなど”拝読いたしました・・・。
戦後まで農家の竹用具を製作したり修理して廻る“門歩き(かどあるき)”の竹細工職人がいたと聞いて・・・私にはその実経験がないので・・・笹さんの“バラ爺さん”の原風景は、その光景を想像させる経験に基づく記憶として、大変参考になります・・・。確かに、味噌、酒、醤油などの農産加工食品を作る上では・・・竹製品無くして考えられませんでしたね・・・。バラとショウケ、丸箕と片口箕の民俗学的文化伝播の経緯などは武蔵野美術大学の 工藤 員功 先生がよく調べられているとのこと・・・。

九州の竹と農具の密接な生活文化は・・・南洋からの伝播の琉球・南九州と・・・中国・朝鮮半島とも繋がる北部九州とが・・・丁度、焼酎文化圏の三州で交錯しているようで・・・大分の竹細工・・・農具を作る“青モノ師”、提籃籠を作る“角モノ師”や“花篭師”など・・・今でも何人かがその技を受け継いでいますね・・・。
Commented by 酎州大分 at 2007-06-12 00:24 x
マリアさん・・・竹の便り・・・お届けできましたでしょうか?・・・。

故郷では当り前の竹林の風景も・・・欧米では見れない東洋に特異な風景なんですよ・・・。
竹の釣竿・・・お父様の面影を思い出していただけたようで・・・何よりです・・・。
今、竹の釣竿を探しても、ヘラブナ竿などの高級品でしか、なかなか手に入りませんからね・・・昔ながらの3本継ぎの五三竹の釣竿・・・私も欲しいです・・・。

別府湾と高崎山を見ながら・・・ゆっくり、のんびり釣りをしてるかもしれませんよ・・・。
Commented by 笹 一角 at 2007-06-12 06:59 x
おはようございます。
なるほど、工藤員功先生という方も丸箕と片口箕の考察を深めていらっしゃるんですね。わたしが「カゴ爺さんのこと」で参考にしたのは下野敏見先生(当時、鹿児島大学)の研究成果で、箕の造形や文化に思索をめぐらすのは、とても楽しく、やり甲斐のあることだと思います。
竹といえば、真冬の市房山中で、ぶった切ったモウソウでつくった即席の熱いかっぽ酒(現地では「たかんぽ焼酎」といいます)が忘れられません。なんか、生活レベルでの原初的な竹の使い方を実践した気がしました。
Commented by 酎州大分 at 2007-06-13 00:45 x
笹さん・・・丸箕は、雑穀を中心とする東南アジアや台湾などの南方から琉球・奄美まで伝わったらしく・・・片口箕は、稲作文化圏の揚子江以北の北方から稲作とともに伝播し薩摩半島の阿多隼人の竹職人もあり、種子島、屋久島までが南限だとか・・・。琉球の丸箕“ミーゾーキー”が・・・南九州では用途を変えて“バラ”として使用されるようになったとも・・・(赤坂憲雄著 「東西/南北考」 岩波新書)。

竹民具の民俗学的な考察としては・・・沖縄の上江洲均氏、全国をまたにかけた宮本常一 門下の工藤氏、東北の樹皮文化の赤坂氏など・・・日本人は何処から来たか?というアースダイブに繋がる興味深い考察があって・・・面白いですね・・・。

かっぽ酒・・・この丸竹をそのまま容器兼加熱調理具として使用する民の文化・・・ベトナムやラオスなどの少数民族にも見受けられるとのことで・・・九州の民族的な原初にも繋がるかもしれませんね・・・。この野趣溢れる“風土の文化”・・・竹は、なんといっても九州ですね・・・。
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