“昭和の町”を歩く(その1)・・・“明日があった”街角の面影
先週の“三連休”の日曜日(16日)・・・“じいちゃん、ばあちゃん”とドライブ小旅行・・・豊後高田市へと向かい・・・“胎蔵寺”、“真木大堂”と参拝し・・・昼過ぎに“昭和の町”へ・・・。

c0001578_16581215.jpg国東半島商圏の中心地であった豊後高田の商店街・・・何処にでもあったような通りに並び立つ商店・・・“変わらず残していた”という積極的な意志の遺物ではなく・・・再開発する話さえ出ずに“変えれず残っていた”という消極的な商店街を“逆転の発想”で救ったのが・・・“平成”のバブルとデフレから脱却する“昭和”へのノスタルジア・・・“時計の針を逆回し”して再生した町おこしこそ“昭和の町”・・・。

昭和30~40年代の“戦後レジューム”時代がそのまま通りを埋め尽くす“ALWAYS 三丁目の夕日”の国東版とでもいいましょうか・・・街角に人格の宿る“家業”商店が軒を並べ、商う品と買った物にもれなく“人情”が付いていたあの頃・・・誰にも今日より楽しい“明日があった”街角の面影・・・。
 
♪ 明日という字は 明るい日と書くのねぇ~ あなたとわたしの明日は明るい日ねぇ~ ♪
 (アン真理子:悲しみは駆け足でやってくる

あいにくの小雨交じりの天候・・・ほんの1kmほどを歩きながら・・・これも“商店街”という“世間遺産”だと思い起こすオヤジなのであります・・・。確かに、頭の隅の“昭和エレジー”を口ずさみたくなりました・・・。

♪ あんちゃんにぃ~ 手をひかれるぅ~ 影がな~がくのびてぇ~ ♪
 (大久保一久(風):三丁目の夕焼け

次男坊は“クレヨンしんちゃん”の劇場映画「嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」で見た世界?と思ったようですが・・・案外、すんなり馴染んでました・・・(笑)。

♪ ふ~るさとのぉ あのぉ人のぉ~ あのぉ~人のぉ 足もとにぃ 咲くぅ白百合のぉ~
  花びぃらの白い色はぁ~ 恋人の色ぉ~ ♪
 (ベッツィ&クリス:白い色は恋人の色

そして・・・じいちゃん、ばあちゃん・・・“家(うち)も、(古い物を)引っぱり出したら、昭和の町がでけるのぉ~”とのこと・・・(爆)。

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c0001578_17562139.jpg街の食堂・・・出前を“店屋物(テンヤモノ)”と呼んでいて、“オカモチ”から出てくると何となく嬉しかったことを思い出します・・・。


c0001578_17571425.jpg復刻版の絵に描いたような国民的“空き地”風景・・・トタン波板の壁面と・・・水溜りが出来そうな砂利敷き地面に“土管”積み・・・(自分は“のび太”で)どこの街でも“ジャイアン”や“スネオ”や“デキスギくん”がいたことを感じさせる光景です・・・。

c0001578_17572664.jpg“アイスキャンデー”・・・“氷”が普及して庶民的になった時代の最先端の“水菓子”でした・・・。自転車やリヤカーで鐘を振り鳴らしながら売りに来たランニング姿の“オイさん”や・・・麦藁帽子の“おばちゃん”の鐘の音が聴こえそうです・・・。

c0001578_1757384.jpg“氷屋”らしいタイルの土間タタキ・・・内暖簾の奥から前掛姿のおばちゃんが現れそうな佇まい・・・。

c0001578_1757505.jpg“アイスキャンデー”・・・“イチゴ(赤)”と“レモン(黄)”と"抹茶(緑)"の中から選べます・・・。

“ラムネ”と“アイスキャンデー”の両買い・・・ガキの頃には出来なかった俗に言う“坊ちゃん買い”を・・・(笑)。

c0001578_1758421.jpgそれも“歩き食い”で・・・躾の悪い“チョイワル・オヤジ”とは、このこと・・・(笑)。


c0001578_180669.jpg街灯看板と電線、2階建ての路面商店の続く“新町通り商店街”のネオン灯・・・。なぜに?と思うほど人が覗き込むように店から溢れています・・・。

c0001578_1802011.jpg“旧地域銀行”の構え・・・町を造る地域財閥が金融の要であり、“町の名士”であった時代・・・商店街の信用も一手に引き受けていたんでしょう・・・小さいながらも威厳というか風格というか・・・重みがあります・・・。

c0001578_1803313.jpgこんな“家業”もあったんですね・・・“養蜂業”ではなく“蜂捕屋”・・・人ごみで見えませんが“スズメバチの巣”などを捕るのが仕事・・・その蜂の巣をリサイクルして石鹸にしたりしてるんですね・・・。

c0001578_1805076.jpg“松月堂”という名の和洋折衷の菓子屋・・・。

c0001578_181189.jpg低い軒の苔生す瓦・・・。


c0001578_1815150.jpg回収した一升瓶がそのままの配達倉庫?・・・。

c0001578_182332.jpg町に一つあったあった映画館・・・スクリーンに映るまだ見ぬ世界に憧れ・・・チケット売り場に並ぶことが素直に嬉しかったこと・・・憶えてます・・・。

c0001578_1821476.jpgそして・・・この辺りの繁栄の象徴・・・大きな漆喰壁の“農業倉庫”・・・。

嗚呼・・・この文字も左官の鏝で盛り付けた“漆喰レリーフ”・・・。
by project-beppin | 2007-09-22 17:00 | 大分の風土・行楽 | Comments(2)
Commented by tatinomi1 at 2007-09-22 22:40
懐かしい、味わい。作為が薄い分
深みがありますねえ。
何でも、昭和30年代風情にすれば、
儲かるというのも安易。

ここは、自然体でのレトロがいいですねえ。
Commented by 酎州大分 at 2007-09-23 09:49 x
HAKUDOU師匠・・・確かに通り自体には作為が薄く、新しく造った昔風の建物は少ないのが“商店街”の原風景です・・・。
個々の家業商店が群として再生する“商店街”という運命共同体の再生・・・出来そうでできない時代ですから・・・まとまってこそ醸し出せる“街の情緒”・・・こんなところもあっていいのではと思います・・・。

儲かるか?といえば・・・湯布院ほどではないでしょうが・・・少なくとも、“家業”商店に自信を取り戻すことが出来たことで“地元への自負”という儲けがあるんではないでしょうか・・・。
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