もうひとつの“源流”紀行(その3)・・・白水溜池堰堤
“奥豊後”最深部の“名瀑”・・・“白水の滝”で“”の紅葉を愛でた後・・・この源流に沿って“陽目渓谷”を下り・・・“近代土木遺産”の“重要文化財”を訪ねて・・・この“源流”への旅を終えました・・・。

c0001578_97444.jpg祖母山系“国観峠”の南麓となる宮崎県五ヶ所の谷間を“源流”として・・・日向、肥前、豊後の三国の境を縫うように・・・熊本県高森の“大谷ダム”を廻って下る“大谷川”が・・・“白水の滝”となって豊後に入ると・・・“大野川”源流となることは、お解かりいただけたでしょう・・・。

しかし、実は、この川・・・大雨の時は、洪水をもたらす九州でも屈指の“暴れ川”であり・・・逆に、渇水時には、農地に水を行渡らせることすらできない“涸れ川”になるという・・・水利面では厄介な“不良河川”であったことは・・・意外と知られていません・・・。

昭和初期・・・この川を“治水”し、流域農地の“灌漑”のために建造されたのが“白水溜池堰堤”・・・通称“白水ダム”・・・“日本一美しい堰堤”と形容されています・・・。

下流から眺めると・・・全面から越流する堰堤の水流容姿が・・・まるで谷間に渡した“ホワイト・ベルベット”のカーテンのようで・・・向って右岸は“階段”状の水流側壁・・・左岸は“武者返し”状の流曲面壁・・・どちらも石工の巧みな技能に裏打ちされた造形美と設計者が画いた機能美が見事に融合しています・・・。

夕暮れ迫るこの堰堤に佇むと・・・土木建造物である堰堤に刻まれたモダニズム・・・“水をデザインする”という“アール・デコ”調の芸術性と表現力を感じずにはいられません・・・。





c0001578_910266.jpg表面に布積された粗石コンクリート重力式ダム・・・“全面越流式”と呼ばれる堰堤の高さは14.1m・・・。

ダムの場合は、高さ15m以上が定義らしく・・・つまり、本来なら“ダム”とは呼べないんですが・・・通称は(案内看板までも)“白水ダム”です・・・。

c0001578_9101639.jpg下流側から見上げる右岸側壁・・・曲線の流れるように刻まれた階段状の石積“転波”列・・・。


c0001578_9103186.jpg水流が側壁へ与える力を分散させる工夫なのでしょうか?・・・それにしても、流体力学的な曲線の美しさ・・・。

c0001578_9104426.jpg向って左側壁・・・側壁の容に沿って武者返し状の三次元曲面の石積・・・。

c0001578_9105892.jpg白い立体的フォルムの水流・・・曲面側壁から流れ下る“曲水の流体デザイン”・・・。

c0001578_9111259.jpg大雨の時の越流水の流速を弱める工夫・・・曲面側壁にあたって中央部へと流水が集中することで・・・水の力を制御するという計算がなされていると聞いて・・・この堰堤の設計者の“機能と美”の意識・・・。

c0001578_9112834.jpg左右非対称でありながら・・・両岸から中央に向けて集中する水の流れを見れば見るほど・・・“流石”と思わず唸ります・・・。

一説には・・・大滝でありながら深い滝壷を持たない九重町の“竜門の滝”の流水フォルムをモデルにしたとも・・・。

↓“白水溜池”に映る山景・・・鏡のような水面の静的な美しさと堰堤の曲水の流動的な美しさ・・・。
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c0001578_9114022.jpg色付きはじめた紅葉でした・・・。

c0001578_9115819.jpg“白水(しらみず)”という名称を象徴するような美しさ・・・。

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c0001578_9122551.jpg細部まで計算された“美意識”・・・。

↓ “堰堤”全景のパノラマ・モンタージュ・・・(画像をクリックすると大きく別表示します。)
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c0001578_913510.jpg“堰堤”の夕景・・・そういえば“二階堂”のCMでもこのダムの景観が使われていましたね・・・。

c0001578_9131945.jpg“白水溜池堰堤”・・・遠望して尚も美しき堰堤・・・嗚呼、“治水”と“灌漑”の“ランドアート・アーキテクチャー”・・・“奥豊後”の源流にある“地霊のモニュメント”です・・・。
by project-beppin | 2007-12-11 09:16 | 大分の風土・行楽 | Comments(0)
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