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平和“希求”の“セントラル パーク”を歩く・・・平和記念公園
到着後まもなく、駈けつけてくれたチューバさんと再会・・・ミッション2の前に・・・“原爆ドーム”前から“広島平和記念資料館”方向へ“平和記念公園”を歩きながらご案内いただきました・・・。

c0001578_235850.jpg広島には・・・10数年前、福山出張の折に立ち寄ったことはありましたが・・・実は、こうして日中、市街地を歩くことも初めてのオヤジ・・・お恥ずかしながら、この“平和記念公園”も訪ねてみたい場所でありました・・・。

毎年、8月6日の広島“原爆忌”に全国中継される「広島平和記念式典」=正式名称“広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式”の会場として・・・午前8時15分の慰霊“黙祷”を恒久に続ける地・・・。

様々な“モニュメント”を構成体としながら・・・公園空間そのものに・・・世界初の“被爆地”体験を刻んだ過去と“対峙”しながら・・・現代を生きる我々にも“慰霊”の想いと“平和”の祈りを促し・・・未来へ恒久平和を“希求”する意志を繋ぐという・・・宗教も国境も人種も超越した普遍的な“感情”を創造する“設計”がなされていますね・・・見事です・・・。

広島の“地霊”・・・“平和記念都市”の“求心力”たる“セントラル パーク”ではないでしょうか・・・。

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More ドーム~平和の灯~慰霊碑~祈りの泉~平和大橋・・・etc
by project-beppin | 2010-09-21 23:58 | 旅先の風土・行楽 | Comments(9)
山香“水辺”の風景(その2):山間に刻まれた“信仰”・・・羽門の“十王”像
“羽門の滝”から見上げた“白竜伝説”に伝わる“本尊地蔵”=“十王像”・・・近づいて、じっくり眺めてみました・・・。

c0001578_2046167.jpgその伝説で伝えるとおり・・・現在の駐車場に隣接する“伽藍”址と思われる平坦な草地の奥・・・崖となっている真下にこの“十王像”が静かに祀られています・・・。

十王”・・・すなわち“閻魔王=地蔵菩薩”を代表格とする“冥界の裁判官”とでもいいましょうか・・・死者の生前の行いや罪の多寡を鑑み、地獄へ送ったり、六道への輪廻を司るとされる十名の王・・・人間の転生先を“審理”し、決定するとされることから・・・武士をはじめ庶民の間でも・・・生者には日々自らの悪行を戒め、身近な死者の弔いでは減罪嘆願を行う“信仰”として・・・仏教の“如来・菩薩・明王”と結びつきながら、広く定着したものとされているようです・・・。

この“十王信仰”のひとつの“具象”は・・・こうして“羽門の滝”の山間とともに今でもあり続いていて・・・苔生す“地霊”の“風景”となっていました・・・。

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More “十王信仰”のひとつの“具象”・・・
by project-beppin | 2010-08-07 20:50 | 大分の風土・行楽 | Comments(0)
豊国風土記・・・安心院の“鏝絵習俗”
“滝見”遊山と決め込んで、旧“安心院(あじむ)町”を巡っていたのですが・・・旧家、商家、農家の漆喰壁についつい眼を奪われることがあります・・・。

c0001578_18521523.jpgこの光景も・・・酒屋さんの看板に目を留めたのではなく・・・左隅の民家の2階・・・。

鏝絵(こてえ)”と呼ばれる左官の具象表現・・・建物の戸袋や切り妻屋根の下に画かれた・・・民衆の民衆による民衆のための“祈り”の“象形”・・・。

江戸末期から明治期にかけて、家を建てた“家長”の願いをこの地の左官が“代描”したとも思える民衆画と考えると・・・正に“地霊”の“フォークロア(=folklore)”・・・漆喰(しっくい)の白きキャンバスに何が画かれたか?・・・家内安全・無病息災・商売繁盛などなど・・・。

この商家だけでなく・・・安心院の町や田園風景の中に残る漆喰壁50以上で・・・時代も、場所も、絵柄も、個性に満ちた“祈り”の“象形”を見ることができます・・・。

“街角美術観”よりも奥深い“鏝絵民俗観”・・・是非、皆さんにもご覧いただきたいものです・・・。

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More 民衆の民衆による民衆のための・・・祈りの象形画
by project-beppin | 2010-06-20 19:09 | 大分の風土・行楽 | Comments(2)
HAKUDOU検地(その5)・・・“唄げんか大橋”と“北川ダム”
“藤河内渓谷”から戻る道は・・・深い谷川の様相を呈する“桑原川”に沿って下る道が続き・・・そのうち宮崎県境のR326号線に合流します・・・。国道を“宇目”方面へ戻ながら・・・幾つかのトンネルを越え・・・“斜張橋”を渡ると・・・道の駅“宇目”が見えました・・・。
 
c0001578_22462282.jpg“木浦鉱山”から“藤河内渓谷”経由でこの“道の駅”まで戻りついて既に時間は14時を越えていましたので・・・ここで昼食をと言うことになりました・・・。

その前に・・・この道の駅“宇目”の眺望・・・湖面に架かる長さ全国7番目の逆Y字型斜張橋の“唄げんか大橋”・・・この橋が架かる河口湖面が、あの“木浦鉱山”を流れ下った“中岳川”であるという点を除いては・・・放射状のワイヤーケーブルのリズミカルな直線美のモダニズム・・・“名は体を表”さない・・・その“ギャップ”が好いんです・・・(笑)。

そして眼前に新緑をも溶かし込むような奥深い“北川ダム”・・・“湖水”の清閑な表情が静かな“人工湖”の美しさを秘めているようで・・・確かに山間の“オアシス”という雰囲気です・・・。


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More 道の駅“宇目”にて・・・“唄げんか”大橋
by project-beppin | 2009-06-07 22:54 | 大分の風土・行楽 | Comments(5)
“雨月の会”の遠足(その3)・・・“大入島”周遊
フェリーは“大入島”へ到着・・・車載デッキから降車してハンドルを右に切り、海岸線の道路を島内一周のドライブ・・・。

c0001578_14325482.jpgこの“島内MAP”を見て西側の湾景を楽しみながら・・・ぐるっと時計回りです・・・。

“守後”から“久保浦”、“堀切”、“片神”、“高松”と各港を通り過ぎ対岸“四浦半島”側の眺めと・・・海岸近くまでせまる崖際のわずかな平地に張りつくように点在する漁村の風景・・・湾内の“紺碧”と・・・霞んだ四国・宇和島を見渡せる水平線の“澄青”・・・。

そして・・・この島に伝わる“神武東征”神話の名所・・・。

オヤジの“皇学心”には・・・うってつけでした・・・。

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More “大入島”の“神話”・・・
by project-beppin | 2008-08-30 11:21 | 大分の風土・行楽 | Comments(2)
“前衛”の“朱”と・・・京都市美術館
“京都”三日目・・・仕事を終えて帰路へと向う夕方までの2時間余りを・・・オヤジは、お土産を物色するわけでもなく・・・そう、この機会に“現物”を見たかった工芸作品鑑賞のためだけに・・・京都市営地下鉄東西線で“東山”へ向いました・・・。

c0001578_5423717.jpg場所は・・・謂わずと知れた“平安神宮”にほど近い・・・“岡崎公園”内の“京都市美術館”・・・その企画展「うつわ考(第1期)」・・・。

収蔵品の中から・・・“うつわ(器)とは何か?”という視点で、“変容”し続けてきた工芸作家たちの“うつわ”の造形を魅せる展覧会・・・。

観たかったのは・・・“鈴木治”と“八木一夫”・・・当時“前衛”陶芸と呼ばれた集団“走泥社”の二人の作品・・・20年以上前に観たきりになっていた“オブジェ”を・・・(私も)オヤジになった今、もう一度観てみたかったのです・・・。

で、その“うつわ”の“前衛”は・・・あの頃感じた“威光”とは異なる“遺功”の存在感を放っているように想えたのでした・・・。実は、それは・・・私自身が齢をとったことで“移行”しているのでは?と・・・観る側の“変容”だと悟った次第であります・・・。

それよりも“変容”したオヤジに印象深かったのは・・・平安神宮の門前である岡崎公園の“大鳥居”・・・風景の中で当り前に思えていたこの“ランドマーク・モニュメント”が・・・京都の“凱旋門”であり・・・“前衛”の“朱”に思えたのでありました・・・。

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More “大鳥居”と・・・清水九兵衞“朱態”
by project-beppin | 2008-06-26 08:11 | 旅先の風土・行楽 | Comments(0)
“佐賀関”紀行(その3)・・・豊後水道の光明“関埼灯台”
躑躅(ツツジ)の咲く“海星館”の前庭から・・・散策コースとなっている階段状の遊歩道を一段一段下ってゆくと・・・“関埼灯台”へ辿りつくことができます・・・。

c0001578_186100.jpgこの岬が地元では“地蔵崎”と呼ばれる“佐賀関半島”の最東端・・・明治34年(1901年)に初点灯した“豊後水道”最古の“鉄製”灯台・・・当時は、遠方へ直進する光りを放つイギリス製の“フレネル式レンズ”を使っていたとのことで・・・対岸(愛媛県)に“佐田岬灯台”ができるまでは・・・船舶を守護するこの海峡唯一の“光明”だったと・・・。

昭和45年(1970年)に4秒点灯し4秒無点灯となる“明暗白光”となっても・・・その光線は約
30km以上先まで到達しているんだそうです・・・。

海と空と島と緑樹の輪郭線がくっきりした風景の中で・・・円塔形の“純白チャペル”と見紛うその佇まいが美しく印象的であると同時に・・・風雨波浪の闇夜であっても“豊後水道”の漁船に方角や場所を知らせる“光明地蔵”たる役目を担っていることを思うと・・・実は、この灯台のもつ真実の“美しさ”とは・・・信仰の対象としての“神仏像”に近いものではないか?・・・と、まじまじと眺めてしまうのでした・・・。

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More “純白チャペル”か“光明地蔵”か・・・
by project-beppin | 2008-05-09 01:19 | 大分の風土・行楽 | Comments(0)
“讃岐守”の“飛梅”と・・・滝宮両社
“角松”も取れ、暖かい日が続かと思えば今日は温い雨の“寒の入”となっていますが・・・もう少し、正月三箇日の四国・香川の情景を書き記します・・・。

c0001578_23365311.jpg今年も正月二日に“三社詣り”・・・地元親族の氏神さん“春日神社”と・・・綾川町の“滝宮天満宮”、“瀧宮神社”の“滝宮両社”・・・。

この“滝宮両社”は・・・歴史的には神仏混淆の奈良時代“綾川寺龍燈院”という寺院として建立され・・・その後は、“菅原道真”公が“右大臣”に上りつめる以前に“讃岐守”在任中の“別邸”だったという地・・・雨乞いの民俗芸能とされる“念仏踊り”もこの“道真民政”が発祥だとか・・・。

そんな縁の“滝宮天満宮”は・・・今年も受験生をはじめとする比較的若い“初詣参拝者”で賑わって・・・“大宰府”から移植したという“飛梅”が・・・蕾を膨らませていました・・・。

元“讃岐守”が、後に“太政大臣”となり“学業の神”と崇められているんですから・・・香川県下の“天神信仰”は、いかばかりかと・・・。

♪ 滝宮におわすぅ~ ふたつの古いは神はぁ~
   一つ目が加護で 二つ目が偉業~ ♪      (さだまさし:飛梅・・・の替え歌)

この辺りが“綾菊酒造”の地元・・・清酒「綾菊」の味わいは、この風土の中で生まれたということなのです・・・。

“滝宮両社”の「綾菊」・・・“金刀比羅宮”の「金陵」・・・“春日神社”の「凱陣」(丸尾本店)・・・どれもこういう“地霊”が宿る“地酒”なのです・・・。

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More “滝宮両社”の風景・・・
by project-beppin | 2008-01-11 23:41 | 旅先の風土・行楽 | Comments(2)
もうひとつの“源流”紀行(その3)・・・白水溜池堰堤
“奥豊後”最深部の“名瀑”・・・“白水の滝”で“”の紅葉を愛でた後・・・この源流に沿って“陽目渓谷”を下り・・・“近代土木遺産”の“重要文化財”を訪ねて・・・この“源流”への旅を終えました・・・。

c0001578_97444.jpg祖母山系“国観峠”の南麓となる宮崎県五ヶ所の谷間を“源流”として・・・日向、肥前、豊後の三国の境を縫うように・・・熊本県高森の“大谷ダム”を廻って下る“大谷川”が・・・“白水の滝”となって豊後に入ると・・・“大野川”源流となることは、お解かりいただけたでしょう・・・。

しかし、実は、この川・・・大雨の時は、洪水をもたらす九州でも屈指の“暴れ川”であり・・・逆に、渇水時には、農地に水を行渡らせることすらできない“涸れ川”になるという・・・水利面では厄介な“不良河川”であったことは・・・意外と知られていません・・・。

昭和初期・・・この川を“治水”し、流域農地の“灌漑”のために建造されたのが“白水溜池堰堤”・・・通称“白水ダム”・・・“日本一美しい堰堤”と形容されています・・・。

下流から眺めると・・・全面から越流する堰堤の水流容姿が・・・まるで谷間に渡した“ホワイト・ベルベット”のカーテンのようで・・・向って右岸は“階段”状の水流側壁・・・左岸は“武者返し”状の流曲面壁・・・どちらも石工の巧みな技能に裏打ちされた造形美と設計者が画いた機能美が見事に融合しています・・・。

夕暮れ迫るこの堰堤に佇むと・・・土木建造物である堰堤に刻まれたモダニズム・・・“水をデザインする”という“アール・デコ”調の芸術性と表現力を感じずにはいられません・・・。

More “水をデザインする”ダム・・・
by project-beppin | 2007-12-11 09:16 | 大分の風土・行楽 | Comments(0)
丘陵岩窟の“慈悲”・・・高瀬石仏
ここ一週間ほどで・・・通勤通学も長袖姿に“衣替え”完了です・・・。朝夕の冷え込み・・・そろそろ、湯布院や玖珠などでは“朝霧”に包まれる時候・・・。

c0001578_11395046.jpg大分に出かけた先週・・・女房殿達が、SCで買い物をしている合間に・・・オヤジはひとりで近隣散策・・・大分市の郊外“稙田(わさだ)”周辺を走っていると・・・“七瀬川自然公園”に隣接する丘陵に“高瀬石仏”という看板・・・。“石仏フェチ”のオヤジは・・・ちょっと、寄ってみたくなるもんです・・・(笑)。

駐車場に車を止めて・・・道沿いの民家から農作業道のような道を上ると・・・稲刈り中の棚田脇には丘陵の崖・・・そこに場違いな感じの“案内板”が見え・・・その奥に鉄柵越しに祠(ほこら)の影・・・小さな“岩窟”の奥には彩色された岩窟仏の群像・・・。


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↑岩窟内の五体の御仏をパノラマ・モンタージュでご覧下さい・・・(写真をクリックすると大きく別表示します)。
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中央に“法界定印(ほうかいじょういん)”を結ぶ“胎蔵界大日如来”、・・・その中尊向って右に“如意輪観音”、“馬頭観音”・・・左に“大威徳明王”、“深沙大将”・・・という珍しい群仏の構成・・・。

この野にある“岩窟仏”の由縁は?と気になるところですが・・・“霊山(りょうぜん)”山麓の“稙田荘(わさだのしょう)”・・・やはり、当時の“豊後大神氏”系領主“稙田氏”・・・宇佐神宮や国東六郷満山・・・山岳修験道の密教観・・・などとの関係もあるようです・・・。

平安時代末期の密教色の強いこの磨崖仏・・・赤い背光や黒い顔相の彩色がくっきりと残る御影に肉彫り感にある“威厳”と“慈悲”の御心が迫ってくるようで・・・オヤジの煩悩と邪心に満ちた心も洗われ・・・思わず“ハンニャァ~ハラミダ・・・(わからないので中略)・・・般若心経・・・”と合掌していました・・・(笑)。

“豊後の石仏”・・・日頃、通り過ごすようなところにも・・・いにしえの“慈悲”に満ちた“石仏”が点在するという仏教文化の地霊に接することができました・・・。

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More “威厳”と“慈悲”の五仏・・・
by project-beppin | 2007-10-20 13:12 | 大分の風土・行楽 | Comments(2)