四国横断~紀州の旅路(その3)・・・“加太温泉”から望む“紀淡海峡”
“和歌山港”に到着後・・・めざしたのが“紀淡海峡”を望む“漁師町”でもあり、“サーファー”や“海水浴客”でも賑わう和歌山県内“北端”の“海岸温泉地”・・・“加太(かだ)”・・・。

“紀ノ川”の河口から“南海電鉄 加太線”に沿って走る“県道7号線”・・・小高い山際を縫って建て込んだ街並みの向こう側に“加太海岸”が見えました・・・。
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道を上った“休暇村 紀州加太”から眺めた景観・・・(↑が180°のパノラマ・モンタージュ・・・画像をクリックすれば、大きく別表示します・・・)。

観光マップ”を見ると・・・左端奥が“田倉崎”と“加太港”・・・手前に突き出した岬が“城ヶ崎”・・・中央手前の“深山”の向こうに・・・四国・徳島が霞む水平線の“紀伊水道”・・・右側が奥の“淡路島”と“友ヶ島(手前から地ノ島、沖ノ島)”に挟まれ“大阪湾”と繋がる“紀淡海峡”・・・。


思ったより“淡路島”や“四国”が近くに見えるので・・・古くは・・・“神武東征”の頃から・・・この“加太湾”や“紀淡海峡”に刻まれた“歴史”があったのではないでしょうか・・・。


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c0001578_23432055.jpg明治時代・・・西欧の帝国主義列強からの侵攻に備えるべく、日本の主要な海峡に砲台を築造し“海峡閉鎖”の“要塞”としていたという“国家防衛”の遺構もあり・・・“豊後水道”から“豊予海峡”もそうであったように・・・四国を挟んで東西の“海峡”が持つ地政学的共通性と歴史的特徴に興味をそそられるのです・・・。


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by project-beppin | 2009-08-17 23:30 | 旅先の風土・行楽
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