平和“希求”の“セントラル パーク”を歩く・・・平和記念公園
到着後まもなく、駈けつけてくれたチューバさんと再会・・・ミッション2の前に・・・“原爆ドーム”前から“広島平和記念資料館”方向へ“平和記念公園”を歩きながらご案内いただきました・・・。

c0001578_235850.jpg広島には・・・10数年前、福山出張の折に立ち寄ったことはありましたが・・・実は、こうして日中、市街地を歩くことも初めてのオヤジ・・・お恥ずかしながら、この“平和記念公園”も訪ねてみたい場所でありました・・・。

毎年、8月6日の広島“原爆忌”に全国中継される「広島平和記念式典」=正式名称“広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式”の会場として・・・午前8時15分の慰霊“黙祷”を恒久に続ける地・・・。

様々な“モニュメント”を構成体としながら・・・公園空間そのものに・・・世界初の“被爆地”体験を刻んだ過去と“対峙”しながら・・・現代を生きる我々にも“慰霊”の想いと“平和”の祈りを促し・・・未来へ恒久平和を“希求”する意志を繋ぐという・・・宗教も国境も人種も超越した普遍的な“感情”を創造する“設計”がなされていますね・・・見事です・・・。

広島の“地霊”・・・“平和記念都市”の“求心力”たる“セントラル パーク”ではないでしょうか・・・。

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c0001578_035427.jpg“世界遺産”に登録された“原爆ドーム”・・・大正期に建築され30年間使用されていた旧“広島県産業奨励館”とのこと・・・。

一瞬にして“廃墟”となった“原爆”の惨禍にあって・・・爆心地に近く“被災前”の広島の街を追憶できる“象徴”的な“遺構”として・・・この公園計画を設計した“丹下健三”が“ランドマーク”として位置づけられたということを知ることができました・・・。

この日も・・・海外の方々をはじめ、多くの来訪者がこの“遺構”を見上げながら・・・その“惨禍”への“想像力”を巡らせていたようです・・・。

c0001578_041483.jpg広島の市街地は“太田川デルタ”に築かれた河口“中洲”の街・・・。

対岸の“平和記念公園”とこの“原爆ドーム”を隔てるように流れる川は・・・太田川から分岐した河口支流のひとつ“元安川”・・・。

この日・・・まるで、空に“五線譜”を描いたかのように・・・何本もの“飛行機雲”が平行に流れていました・・・。

c0001578_043371.jpg川縁に立つ枝垂れ柳の袂から見上げた“原爆ドーム”と“飛行機雲”・・・。

平らき日 和む柳の 望みかな
               酎州

c0001578_045128.jpgドーム周辺にも多くの“モニュメント”があります・・・。
例えば・・・“動員学徒慰霊塔”、“中国・四国土木出張所職員殉職碑”、“原民喜(はらたみき)詩碑”など、それぞれに“慰霊”、“追悼”、“祈念”の意志が刻まれています・・・。
 

c0001578_05149.jpgドームから元安橋を渡り中島町へ・・・。本川橋へと通じる戦前からあった道から“広島平和記念資料館”を正面に見る“平和記念公園”の“センターライン”・・・。

この景観にあって・・・“飛行機雲”の“スカイ・ライン”が“岩国基地”の“軍用機”のものか?(この2日後19日(日)は、海上自衛隊岩国航空基地祭だった・・・)と想像すれば・・・“核の傘”の下に保たれる“平和”の光景とも・・・。

c0001578_054494.jpgこの“センターライン”から振り返れば・・・その延長線上にドームが位置する“ランドスケープ”とのこと・・・(同期のチューバさんから教わりました・・・)。

調べてみると・・・この公園設計者である建築家“丹下健三”の基本的構想には・・・一貫した“記念空間様式”の意図があったようです・・・。


c0001578_06080.jpgこの道に向かうように建つ“原爆の子の像”・・・。今でも、各地・各人からこの像の下に“千羽鶴”が捧げられ続けているとのこと・・・。

近くにも数多くの“モニュメント”があり・・・それぞれの“想い”が象徴的に佇んでいますが・・・この公園空間では、どれもが等しく“平和”を“希求”するかたちとして・・・景観に溶け込んでいました・・・。


c0001578_061641.jpgその“センターライン”にある“平和の灯(ともしび)”と“平和の池”・・・。

c0001578_064173.jpg原爆死没者慰霊碑”・・・。

“家型埴輪”をモチーフに抽象化した碑の正面に立つと・・・石室の奥に“平和の灯”・・・そして“象徴化した遺構”である“原爆ドーム”・・・神ではなく“慰霊”への“遥拝”・・・自ずと手を合わせていました・・・。

この“慰霊碑”設計にあたっても・・・丹下が推した“イサム ノグチ”による“幻の慰霊碑”があったとの逸話を知ったのであります・・・。


c0001578_065814.jpg石室の碑文・・・「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」・・・。

石室内に奉納されているのは“原爆死没者名簿”・・・現在の名簿登載者数は・・・
269,446名 


c0001578_071182.jpg“慰霊碑”前の“平和の池”に・・・各国の言葉に訳された“碑文趣旨説明文”が設置されています・・・。


c0001578_072576.jpgこのオヤジと同じく、各国の人々が訪れた記憶を記録する“HIROSHIMA”・・・この公園内は“インターナショナル”であることを意識した“パースペクティブ”な空間構成が見事なまでに設計され、活かしています・・・。

c0001578_074380.jpg平和記念資料館”下のピロティーから・・・“祈りの泉”側・・・。

今回、館内を観覧することはできなかったんですが・・・“東館”と“西館”を改めて訪ねることとします・・・。

c0001578_07584.jpg“平和大通り”側からみた正面・・・“嵐の中の母子像”と“祈りの泉”・・・。


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c0001578_0103492.jpg公園前の“平和大通り”に埋め込まれた“観光モデル散策コース”を示す“文化の道”プレート・・・。

c0001578_0104834.jpg公園前の道路を挟んだ緑地帯に“平和の門”・・・。

c0001578_01155.jpgその“平和大通り”の“元安川”に架かる橋・・・“イサムノグチ”設計の“平和大橋”・・・。

c0001578_0113065.jpgこの景観の向こう側に・・・原爆投下の候補地は・・・“広島”、“小倉”、“長崎”・・・だったことも学びながら・・・。

不幸にして・・・“HIROSHIMA”となった運命の“地霊”が・・・原爆の“惨禍”は二度と繰り返さない・・・と、静かに語りかけてくるようです・・・。
by project-beppin | 2010-09-21 23:58 | 旅先の風土・行楽
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