実は、この「由布岳」・・・私の知る限り“大分の麦焼酎”で現存する唯一の“糖類添加”麦焼酎・・・。
焼酎への“砂糖添加”や“糖類添加”・・・大分に限らず、福岡や宮崎などでも、昭和の頃は・・・一部の銘柄での“伝統的な味わい”であったんですが・・・私も含めて、多くの方の指向が・・・“本来の酒(焼酎)造りによる味わい”を楽しみにしている今では・・・珍しくなってしまいました・・・。 こうして・・・あの頃の「“糖添”麦焼酎」をまだ味わえる今だからこそ・・・焼酎と“糖添”について知りたくなりました・・・。 “糖添”とは何だったのでしょうかね・・・。 ※注=平成14年11月1日施行された「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律施行規定」の改定により、『本格焼酎』の表示は“水以外の物品を加えたものを除く”と定められております。 現在は、“糖類添加”のあるものに『本格焼酎』と表示することはできません。よって、“糖類添加”と成分表示のあるこの銘柄ラベルは、この施行以前に製造出荷されたものと考えられます。 注)・・・ここに書くのは、あくまで私的な思い込みであり、憶測と酔っ払いの放談です。私は、かじった程度に知り得た情報と、浅く限られた知識を誇大に膨らませた妄想で下記のコンテンツを書いています。ですから、単なるフツーの地元焼酎愛飲家である私(酎州大分)が、勝手に書くものであることをご承知おきください。 飲んだくれ時事放談:その2・・・“糖添”の霹靂(へきれき) ■“糖添=糖類添加”でも焼酎? “酒税法”では・・・焼酎を以下のように定義しています・・・。 --------第一章 総則 第三条(その他の用語の定義)------- 五 「しょうちゅう」とは、アルコール含有物を蒸留した酒類(これに水を加えたもの及び政令で定めるところにより砂糖(政令で定めるものに限る。)その他の政令で定める物品を加えたもの(エキス分が2度未満のものに限る。)を含み、次に掲げるものを除く。)で、アルコール分が45度以下(連続式蒸留機(連続して供給されるアルコール含有物を蒸留しつつ、フーゼル油、アルデヒドその他の不純物を取り除くことができる蒸留機をいう。以下同じ。)により蒸留したものについては、アルコール分が36度未満)のものをいう。 --------------- つまり、焼酎には・・・砂糖などの糖類を2%未満なら添加できることになっています。法的には・・・焼酎の味わいとして“容認されている”と言えます・・・。 しかし・・・“容認されている”ということは・・・ポジティブに“従来から伝統的な製法として添加が行われていたので、容認した”と捉えることもできますし・・・逆に、ネガティブに“いつの間にか添加されていたので、容認せざるを得なかった”と捉えることもできます・・・。どちらが・・・この“糖添”の捉え方として正しいのか?・・・気にかかるところです・・・。 どちらにせよ・・・この“酒税法”で許されている焼酎への“糖添”・・・ホントのところ、いつから始まってたんでしょうか? ■焼酎と“糖添”・・・その文化的背景 まず、この疑問には・・・(粕取)焼酎を飲むという文化的背景を知ることから・・・始めなければなりません・・・。 例えば・・・“九州焼酎探検隊”の猛牛さんのHPコンテンツ「粕取焼酎の飲み方・飲まれ方」に・・・“(前略)・・・汎日本的に糖添で焼酎を飲むという風習があったようである。・・・(後略)”と記載があるように・・・昭和中期にはすでに、北部九州の“盆焼酎”のみならず、東北地方の会津若松に至るまで・・・“粕取焼酎に砂糖や氷砂糖を入れて飲んでいた”という経験談などが記載されています・・・。 また、このコンテンツの中で興味深く紹介されたのは・・・オランダ人が長崎に伝えた「ポンス(Pons)=橙菓汁=長命水」について・・・少なくとも江戸時代後期には、オランダ人の持ち込んだ強い蒸留酒(焼酎?)“アラキ”に砂糖ほかを入れて飲むということ・・・。 引用元は・・・“みろくや”HPの通信販売誌「味彩」に連載執筆している長崎純心大学長崎学研究所 越中哲也 氏の「長崎開港物語-長崎料理ここに始まる」 の“第9回 中国料理編(四)”の一文・・・。 これによって・・・蒸留酒に“糖添”という行為自体は・・・少なくとも江戸時代後期には、九州に実在していたということがわかりました・・・。 このように・・・焼酎と“糖添”の関係には・・・比較的古くから、砂糖を入れて飲むという“風習”が・・・民衆に浸透していたという文化的背景を理解する必要があるのではないでしょうか・・・。 ■90年前には存在していた“糖添した焼酎” しかし・・・焼酎に砂糖を入れて飲むという民衆の“文化的背景”があったとしても・・・蔵元が瓶詰めする“糖添した焼酎”というものが誕生したのはいつなのか?・・・という疑問には、“答え”が出たわけではありませんねぇ・・・。 そんな疑問を抱えながら、調べているうちに・・・福岡県の焼酎専業蔵である“天盃”さんのHPで(現社長)多田格氏のコンテンツ「格が語る」にこう書かれています・・・ --------“第2話 痛手と教訓”の一文 “(前略)・・・大阪での経験を活かし、酒粕で造った粕取り焼酎に砂糖を混ぜ、600mlのサイダー瓶に詰めて大正初期から売り出しました。この頃はまだ「天盃」という名前ではなく「白玉」という商品でした。・・・(後略)” --------------- ここで語られている“大阪での経験”とは・・・“大阪では、アルコールに砂糖を入れて甘くした洋酒を売る商売が繁盛”していたということです・・・。 いやぁ~、ビックリしました・・・つまり、少なくとも約90年前の大正時代には“糖添した焼酎”が、既に北部九州で販売されていたんです・・・。 この“天盃”さんは・・・猛牛氏のHP「九州焼酎探検隊」の「筑前“粕取”On The Road」の“社長の気骨に感動の一杯!進取の気風あふれる『天盃』”の中でも・・・多田雅信 氏(現会長)の過去を振り返る思い出として・・・ “(前略)・・・私もいろいろやりました・・・糖添、炭素、イオン交換とか・・・(後略)” ・・・とあるように・・・さまざまな“イノベーション”を試されています・・・。 前述の「格が語る」の中では・・・1970年まで“糖類添加”を行っていたが・・・それ以降は、炭素やイオン交換樹脂など薬品加工を一切なくし糖類など完全無添加の焼酎を販売することとした経緯や1975年に“糖添、炭素、イオン交換を用いない日本初の大麦100%の焼酎”を誕生させたことなどが書かれています・・・。 大分の麦・麦麹の麦焼酎「二階堂」が製品化したのが1973年・・・焼酎台帳HP-うぇぶよみもの-リレーインタービューの中で、河内源一郎商店社長の記述によれば・・・麦焼酎「二階堂」は・・・“糖添”は行っていないのですが、(天盃さんが中止した)イオン交換樹脂の次亜硫酸イオンという薬品の付加による“吟醸香”を特徴としている・・・とのことですから“炭素、イオン交換を用いた日本初の麦100%の焼酎”(はだか麦を使用しているので“大麦100%”ではない)ということになりますね・・・。 ■“糖添”のアカウンタビリティー・・・ 発売当初の「いいちこ」に“糖添”がなされていたことは・・・昨年、西日本新聞社が紙面上で連載した三和酒類の西太一郎会長へのインタビュー記事の中で語られています・・・。 --------『グッドスピリッツ』第65回“砂糖添加問題”(西日本新聞2005年9月27日付朝刊)の一文 ・・・(前略)・・・86年の十月、消費者への説明責任を求める声を背景に、公正取引委員会が乙類について原材料の使用比率や添加物の表示を義務づけ、そのことが業界の様子を一変させました。砂糖添加問題です。 このとき、大半の麦焼酎メーカーが隠し味に使っていた砂糖の添加を取りやめたのです。砂糖の添加はマイナスの印象ですから。しかし、わが社は添加を続けることにしました。消費者が好む味を急には変えられません。このため「『いいちこ』を飲むと糖尿病になる」と、ずいぶん中傷されました。・・・(後略)・・・ --------------- 結局、「いいちこ」は・・・ --------同上 ・・・(前略)・・・研究を重ね、大麦麹(こうじ)だけで仕込むことで、麦本来の甘みを引き出す「全麹造り」の開発に成功します。この原酒をブレンドし、砂糖添加と変わらぬ深い味わいを再現できたのでした。砂糖を外すときも社内で激論となりましたが、私も利き酒を繰り返し、味が変わらないことを確認してから、89年6月に実行に移しました。・・・(後略)・・・ --------------- ・・・とあるように・・・1989年(約17年前)に“糖添”を脱却しています・・・。 秘剣氏のHP“ひるね蔵酒亭”のコンテンツ“本格焼酎寸言-兼八”の中には・・・“兼八は大分の麦焼酎。っといっても、減圧、濾過精製バリバリ、糖添のナショナル麦ブランドとはモノが違う。・・・(後略)・・・”という記載がありますが・・・現在は、この“ナショナル麦ブランド”に“糖添”はありませんので・・・誤解なきように・・・(笑)。 今は・・・「しょうちゅう乙類の表示に関する公正競争規約 施行規則」 第2条で添加物表示が義務付けられていますから、“糖添”されている焼酎はきちんと表示されています・・・ご安心を・・・。 (補遺) HP“本格焼酎の楽しみ”やブログ“[酎本]本格焼酎忘備録 本館”のウェブマスターしばたにさんにコメントを頂き・・・(未熟な調査で私が知りえなかった)『本格焼酎』と表示する場合の規定を知ることができました・・・。以下に・・・追稿いたします・・・。しばたにさん・・・ご指摘ありがとうございました。 -------追稿 また、“焼酎”の定義と・・・『本格焼酎』の定義は・・・同義ではありません・・・。 『本格焼酎』の定義は・・・「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律施行規定」の改定により平成14年11月1日施行されています・・・。これによって・・・『本格焼酎』と表示できるものは“水以外の物品を加えたものを除く”と定められました・・・。 “糖添”の“乙類焼酎”は・・・『本格焼酎』と表示することはできなくなって・・・より明確に・・・“糖添”であることは“本格焼酎にあらず”と位置づけられていますので・・・アカウンタビリティーはさらに進んでいます・・・。 ------- ■“糖添”は“逆境”を脱するイノベーションの過程 私は・・・これらを知ることができた今・・・改めてこの“糖類添加”の焼酎のことを考えると・・・当時としては“焼酎の新たな味わい”であって・・・つまり、“卑酒”とされていたイメージの“逆境”を脱する“イノベーション”の過程の中で考えられた“味わいの工夫”であったように思えるのです・・・。 特に、“清酒”と“焼酎”が共存していた北部九州では・・・焼酎といえば“労働者の安酒”(主に“粕取焼酎”)であって・・・酒文化の中では“清酒は貴酒”とし、“焼酎は卑酒”として位置づけられていたようで・・・“逆境”の酒であったのではないでしょうか・・・。 そのことは・・・天盃の多田雅信 氏(会長)も・・・“焼酎蔵の地位は・・・やはり高いもんではないわけですよ・・・清酒がやはり主というか・・・今はもうそういうことは無くなったけど・・・昔はそうだったなぁ・・・”とか・・・“本格焼酎は、日本民族の酒として、五百年の歴史をもつ唯一の蒸留酒でありながら、これまで車夫馬丁の酒といわれ、また安直な致酔飲料と見られてきた。・・・(後略)・・・”と綴っています。 また、三和酒類の西太一郎 氏(会長)も・・・ --------『グッドスピリッツ』第43回“問屋流通を採用”(西日本新聞2005年8月31日付朝刊)の一文 「西さん、あなたは焼酎屋に転んだんですよ」 麦焼酎「いいちこ」の発売直後、ある灘の大手メーカーの社長にいわれた言葉です。今でこそ、どの酒蔵も焼酎を造っていますが、当時、名のある清酒メーカーが本格的に焼酎市場に参入することなど考えられませんでした。焼酎メーカーは清酒メーカーよりも一段低くみられていたのです。生き残りのためとはいえ、私自身も、清酒から焼酎に事業の軸足を移すことに、一抹の寂しさを覚えました。・・・(後略)・・・ --------------- 長い年月をかけて・・・焼酎蔵のめざしたものは・・・「焼酎は臭い。不味い。」から「焼酎は臭くない。美味い。」と思われる酒にしたいという“味わいの工夫”であって・・・如何にそのための“イノベーション”を行うかを試行錯誤してきた“過程”に・・・この“糖添”も存在していた・・・と捉えることができないでしょうか・・・。 既に“卑酒”というイメージの“逆境”を脱した今となっては・・・“糖添”を行わずとも広がる個性的な“味わいの工夫”を楽しむことができます・・・。 短絡的に“悪しき”と決め付けることも結構ですが・・・“糖添”の味わいを楽しみながら・・・“イノベーション”の過程に想いを馳せて飲むのも・・・たまには、いいのではないでしょうか・・・。
by project-beppin
| 2006-02-01 00:04
| 焼酎文化考
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