中津散策(その4):“絶景”に刻まれた“鑿跡”・・・競秀峰と青の洞門
中津の市街地から・・・旧三光村の八面山を越え・・・国道212号線を“山国川”に沿って遡るように、車を走らせると・・・旧本耶馬溪町へ入り・・・奇岩の幽玄峡の風景が眼前に広がります・・・。

中津散策(その4):“絶景”に刻まれた“鑿跡”・・・競秀峰と青の洞門_c0001578_12344189.jpgそのひとつ・・・山国川に張り出すようにそそり立つ・・・「競秀峰」の絶景・・・。
その裾に・・・この岩場を“手鑿”で掘った250年前の隋道(トンネル)・・・「青の洞門」があります・・・。

「競秀峰」の絶景・・・頼山陽はこれらの風景を讃して・・・天下の絶景“耶馬渓”と命名し・・・絵に詩文をつけ『耶馬渓図巻記』を発表・・・。
その風景美の持論は・・・「山は水と呼応しなければ生気を帯びて迫ってこない。石は樹を配さなければ蒼い潤いは出ない。」と・・・。

「青の洞門」・・・菊池寛の代表的な短編小説『恩讐の彼方に』・・・その題材舞台として有名になったので・・・ご存知の方も多いのではないでしょうか・・・。

見るだけの者は、“絶景”と称しますが・・・ここで暮らす者には、“難所”と称される・・・そんな歴史を感じることができます・・・。




中津散策(その4):“絶景”に刻まれた“鑿跡”・・・競秀峰と青の洞門_c0001578_12371391.jpg車道となっているトンネルの脇に・・・小さく開けられたその当時の石工の“手鑿隋道”が・・・「青の洞門」です・・・。

中津散策(その4):“絶景”に刻まれた“鑿跡”・・・競秀峰と青の洞門_c0001578_1237404.jpg250年ほど前に禅海和尚が隧道開削の誓願を立て・・・当時の石工が“手鑿”で掘り、30年の歳月をかけて開通した342mの通行トンネル・・・今は、こうして歩道を散歩しながらくぐることができます。

中津散策(その4):“絶景”に刻まれた“鑿跡”・・・競秀峰と青の洞門_c0001578_12382998.jpg禅海和尚・・・その“対価なき労働”の大儀は“衆生済度”・・・今に残るその“鑿跡”に触れながら・・・その偉業を偲ぶことができます・・・。

中津散策(その4):“絶景”に刻まれた“鑿跡”・・・競秀峰と青の洞門_c0001578_12381468.jpg
西陽に照らされる「競秀峰」を・・・静かに映し込む“山国川”・・・。
by project-beppin | 2006-02-19 12:40 | 大分の風土・行楽
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