HAKUDOU師匠と“別府逍遥”(エピローグ)・・・「ドリンク教室」
“Gemuse”、“TAKEYA”、“湖月”を廻ったのですが・・・この時に前を通りかかって・・・記憶に残しておきたい“過去形の別府逍遥”があります・・・。

c0001578_17445830.jpg「ドリンク教室」・・・“竹瓦アーケード”より山手側の流川通りに近い裏路地(裏銀座)の木造アーケードに・・・この店があります・・・いや、正確には“ありました”・・・。

別府はもちろんのこと、大分県下で最も古い“ウィスキーBAR”であり、“カクテルBAR”であったのがこの店です・・・。私が駆け出しの若造の頃は・・・先代が亡くなられて、白い“割烹着”を着たおばぁちゃんがひとりで店を開けていました・・・。

重厚な造りの木製カウンター越しには・・・何十種類ものウィスキーやリキュールなどが見事なまでに整然と並んでいて・・・壁面には・・・昔の年代別に“サントリー”や“ニッカ”の“販促トレー”や“コースター”が飾られていました・・・。

酔った勢いで扉を開けて・・・横柄な口調で注文しようものなら・・・「あなたに出すお酒はございません、(今日は店が)終りました・・・お帰りください。」と・・・きっぱり断られた店・・・。礼儀のない客には・・・見事なまでに“毅然”とした姿勢を貫く店でした・・・。




c0001578_19423265.jpg“お酒好きの社交場”として・・・洋酒の知識もさることながら・・・落ち着いた無駄のない仕草できっちりと創られるカクテルの味わいや正統なグラスの扱い方に・・・プロとしての“美学”を見ている気がして・・・何故か、いつも多少“緊張”して飲ませてもらっていた気がします・・・(笑)。
by project-beppin | 2006-04-30 17:00 | 焼酎文化考
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