2006年 09月 02日 ( 2 )
県南の夏残影(その2)・・・“大友宗麟”墓地公園
津久見I.C.を下りて市街地から県道36号線を佐伯方面へ・・・県道を進むとその山手側の麓にひっそりと佇む“墓所”・・・“大友宗麟”墓地公園・・・。

c0001578_14435531.jpg大友義鎮(よししげ=後の宗麟)・・・“九州六カ国守護職”、“九州探題”を担った戦国時代の“キリシタン大名”・・・。

49歳で洗礼を受け・・・“ドン・フランシスコ”・・・“天正遣欧少年使節”では、“伊東マンショ”を名代としてローマへ派遣したり・・・キリスト教的理想国家“無鹿(ムジカ)”の建設など・・・自ら“南蛮文化”を実践するという時代感覚は・・・その後の日本に影響を与えました・・・。

当時は“キリスト教式墓”に埋葬された宗麟ですが・・・その後、豊臣秀吉の“耶蘇教禁令”により“仏墓”となり・・・昭和58年に“ドン・フランシスコ墓”が新たに造られ・・・墓地公園として整備されました・・・。

“蝉時雨”の降り注ぐ樹下の木陰に眠る“大友宗麟”・・・その人格と功績には表裏があり・・・そんな人物像に興味を抱きながら・・・手を合わて拝み・・・この地をあとにしました・・・。

More “ドン・フランシスコ墓”・・・
by project-beppin | 2006-09-02 14:44 | 大分の風土・行楽 | Comments(6)
県南の夏残影(その1)・・・津久見の石灰山
別府から佐伯に向かう途中・・・高速道路“大分道”を南下して(現在のところ)終点のとなる“津久見I.C.”を下りかかると見える・・・白い山肌の光景・・・。

c0001578_11375787.jpg石灰とセメントの街“津久見”・・・その象徴となるこの石灰岩鉱山の風景・・・。

石灰岩・・・太古の海中生物(有孔虫類、サンゴ類、石灰藻類など)の殻や骨格などが堆積し、数億年の時と地殻変動が生成した結晶を含む硬い岩石・・・“セメントの原鉱石”や“漆喰のもと”といえばお解かりいただけますね・・・。

“無尽蔵”と云われるこの津久見一帯の山から砕石されると・・・ベルトコンベアで運ばれ・・・市内のセメント工場で精製・・・整備された港湾からタンカーで大量輸送・・・。

この山肌を削る採石が始まったのは・・・90年前・・・。今では・・・日本一の生産量を誇る石灰山が上空からでもはっきりと確認できます・・・。
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この広大な山肌の変容こそ・・・近代の“殖産興業”と“戦後復興”を支え、大都市のビルや道路をつくる礎となった証の風景であると思えてなりません・・・。
 悪く言えば・・・“産業・社会基盤への生贄”の景・・・。
 良く言えば・・・“ランドスケープ彫刻”の景・・・。

この光景を目にすると・・・そんなこと思ってしまうオヤジです・・・(笑)。
by project-beppin | 2006-09-02 11:41 | 大分の風土・行楽 | Comments(10)