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中津散策(その1):中津城址に残る歴史
日曜日に・・・中津市を訪ねてみました・・・。ご城下の佇まいは、薄れていますが・・・旧家に残る“有職雛”等がお披露目される「中津のひなまつり」は・・・残念ながら来週からでした・・・。

c0001578_237797.jpg山国川が海と交わる河口にある「中津城」址・・・あの“黒田官兵衛孝高(=如水)”が天正16年(1587年)に築城した“平城”・・・別名は、その本丸の容から・・・“扇城”・・・。

現在は・・・本丸の跡地が“中津公園”であり“中津神社”の境内となっているんですが・・・“模擬天守閣”があって中津の街と海を見渡せます・・・。

黒田(長政)家が“筑前”にお国替えされた後・・・細川(忠興)家、小笠原(長次)家と入封し・・・江戸時代の享保2年(1717年)に奥平(昌成)家が入城後は幕末まで9代にわたり、蘭学の奨励などの藩政を行っていたとのこと・・・。
手前左手のお社は・・・藩主であった奥平氏を祀る“奥平神社”・・・“たにしまつり”が執り行われています・・・。

あの“福沢諭吉”を生んだ・・・奥平藩=中津人の“気風”にも・・・少しは、触れることができるかもしれません・・・。

More 中津城址・・・「中津公園」の史跡と神社
by project-beppin | 2006-02-14 02:41 | 大分の風土・行楽
“成人の日”の初詣り・・・八幡朝見神社
三連休の最終日“成人の日”の午後・・・別府の総鎮守“八幡朝見神社”へ・・・。午前に成人式を終えた若者で賑わう様子があるのかと思いきや・・・新成人らしき姿は見受けられず・・・当て外れ・・・。

c0001578_2232495.jpgといいながらも・・・地元では、私も“初詣り”ですから・・・駐車場に車を止めて・・・表参道へ廻ってお詣りします・・・。

“豊後八幡宮七社”のひとつとされる「八幡朝見神社」・・・鎌倉幕府成立後、豊前・豊後の守護職となった大友能直氏により・・・“乙原の滝”近くの龍ヶ岡(現別府市乙原)に創建・・・。その後、室町時代に鶴見山噴火により社地等が崩壊・・・現在の地へ遷座したとされています。

別府では・・・竈門庄、石垣庄、朝見庄が古くから宇佐八幡宮の荘園であり・・・それぞれ竈門神社、石垣神社、朝見神社は八幡神を祀っています・・・。

明治、大正、昭和と・・・村社、郷社、県社へと社格を進め、戦後、温泉神社を合祀して・・・名実ともに別府温泉の総鎮守。

熱心にお詣りに参拝する・・・お年寄りや家族連れ・・・。
私も“幸福の金刀比羅宮”と“長寿の朝見神社”の「両宮参り」で・・・“健康祈願”・・・。

More 朝見神社・・・
by project-beppin | 2006-01-09 22:37 | 大分の風土・行楽
“初参り”・・・空海 最初の根本道場 「善通寺」
四国の初詣は・・・“宮詣り”と“寺参り”と言われているとか・・・氏子の神社にお詣りすれば・・・もうひとつ、寺院へもお参りするとのことで・・・四国八十八ヶ所霊場第七十五番札所「五岳山 善通寺」へ・・・。

c0001578_2221387.jpg父の名前が・・・寺の名前となって・・・市の名前になっている・・・弘法大師=空海の生誕地・・・善通寺・・・。

讃岐の国の郡司、佐伯直善通(さえきの あたい よしみち)の子“真魚(まお)”として生まれ育った地・・・現在の境内のうち、佐伯氏の邸宅地であった“西院-誕生院”・・・当時の佐伯氏からの寄進によって創建された“東院-伽藍”・・・の東西二院によってなる真言宗善通寺派の総本山。

“東院-伽藍”にある“南大門”から境内に入り・・・“五重塔”を右手に眺めながら正面の“金堂”で家族の健康を祈願・・・“西院-誕生院”の“御影堂”で子供達の学業成就を祈願・・・素直な気持ちで“お参り”しました。

この日も・・・ごった返す初参りの一般参拝者に交じって・・・“同行二人”の白装束に金剛杖のお遍路さん・・・合掌しながら唱える“般若心経”の静かな声・・・。

More “初参り”・・・善通寺
by project-beppin | 2006-01-01 17:00 | 旅先の風土・行楽
金比羅大権現の“賀正”・・・今年もよろしくお願いいたします
明けまして おめでとう ございます 

皆様も、佳き新年をお迎えのことと存じます・・・。

c0001578_0411873.jpg私ども家族も・・・昨年同様、“ゆく年くる年”を四国で過ごしました。
昨年の大晦日から、今年の元旦に変わる初詣は・・・こんぴらさん=金刀比羅宮・・・へ

深夜にもかかわらず大勢の参拝客・・・元旦をこの参道の石段で迎える人々が託す新年への願い・・・。

私も・・・“家内安全”と“諸願成就”をお祈りしました。

今年も、皆様にとって幸多き年となりますことを祈念。よろしくおねがいします。
この画像は・・・表参道の石段365段目の“大門”・・・。
“御本宮”までは785段・・・“奥社”までは1368段・・・。
“石段登山”に近い・・・“こんぴら詣り”・・・
(詳しくは↓をクリック・・・)

More 初詣の“こんぴら詣り”
by project-beppin | 2006-01-01 00:00 | 旅先の風土・行楽
臼杵探訪(その7):“磨崖仏”の群像・・・臼杵石仏
臼杵の“ご城下”を離れ、翌日に立ち寄ったのは・・・国宝「臼杵石仏」。

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c0001578_11245414.jpg丘陵地の阿蘇溶結凝灰岩の岩壁に彫り出された“磨崖仏”59体・・・。
平安後期から鎌倉時代の作とされるこれらの“如来”をはじめとする“磨崖仏”の群像は・・・国内でも珍しく・・・10年前に石仏としては、はじめて「国宝」の指定を受けています・・・。

“ホキ石仏”、“山王山石仏”、“古園石仏”の各々の石仏群は・・・それぞれに温和な“慈悲”に満ちた“仏の顔”をしています・・・。
偶像化された“祈る文化”のひとつのかたちが・・・ここ臼杵の地に深く根付いていたことを想わせる・・・宗教を越えた文化の積層を感じずにはいられません・・・。

毎年恒例の「臼杵石仏 年越供養法要」も・・・臼杵市仏教会の僧侶によって・・・明日の大晦日に開かれるとのこと・・・ゆく年に感謝し、くる年の平安を“祈る”・・・そんな気持ちになりますね・・・。

More “磨崖仏”群を歩く・・・
by project-beppin | 2005-12-30 11:58 | 大分の風土・行楽
臼杵探訪(その5):“切通し”の石畳・・・二王座歴史の道
“浜町界隈”の「満寿屋」から・・・“じゃりんこチエ”が飛び出してきそうな下町情緒の“田町界隈”を抜けて・・・高い石垣に囲まれた“石畳の坂”を上りはじめると・・・そこが「二王座歴史の道」です・・・。

c0001578_1292528.jpg二王座は・・・火山灰が固まった岩(凝灰岩)でできた台地であり・・・その高台へと上る坂道は、岩を削ってつくられたことから「切り通し」とも称されて・・・その昔、島津氏が攻め入った時、この狭く細い坂で迎え討ったという“戦国古戦場”でもあります・・・。

その削った岩は、“石畳”や“石垣”として使用され「臼杵石」と呼ばれています・・・。
乾いた時には淡灰色なのですが・・・雨に濡れると黒っぽくなり・・・落ち着いた“モノトーン”の情景が色濃くしっとりと深まった景観に変化します・・・。

藩政時代の武家旧家や寺院とともに、明治期以降の洋館風の建物などが並ぶ佇まい・・・この“モノトーン”な町並みは・・・“ご城下”らしい情緒と歴史を感じます・・・。

More 二王座を歩く・・・
by project-beppin | 2005-12-26 01:34 | 大分の風土・行楽
別府八湯風土記・・・明礬温泉の“湯の花小屋”
昨日は・・・曇り空の連休初日でした・・・。“ダラダラ”している・・・次男坊とオヤジ(私)を見かねて・・・「もう~!どっか二人で出かけてきたら~」と・・・女房殿・・・。「じゃぁ、行きまっかぁ~」・・・次男坊を誘って・・・気ままにドライブ・・・。

c0001578_11274590.jpg国道500号線を上り・・・高速道路の明礬大橋を潜ると・・・独特の臭気・・・山麓に寄り添って立ち並ぶ旅館街・・・“藁葺き小屋”の風景・・・「おとうさん、あれ何なん?」・・・。

「お風呂に入れる温泉の元を採ってるところ。見に行くか・・・」

地面からそのまま建つ藁葺きの三角屋根の中は・・・“湯の花畑”といわれる明礬(みょうばん)生産の“化学工場”です・・・。

歴史的には・・・江戸時代に始まるこの明礬生産・・・それまで中国からの輸入に頼っていた媒染剤(布染色の定着剤)・・・明礬(みょうばん=硫酸アルミニウム)を・・・国内初の量産化に成功したのが・・・この明礬地区だそうで・・・“天然記念物”にも指定されてるんです・・・。

明治期以降は・・・硫黄泉の湯治場としても発展してきた経緯から・・・この“明礬”も、それまでの“媒染剤”用途から・・・家庭用の“入浴剤=湯の花”として・・・別府温泉土産のロングセラーになっています・・・。

昔ながらの“湯の花小屋”が建ち並ぶ風景は・・・“地獄”と呼ばれる大地を・・・“化学工場”として活用した人の英知に・・・感服する風景でもあります。

江戸時代の“化学工場”と云われる由縁・・・
by project-beppin | 2005-10-09 11:32 | 大分の風土・行楽
“荒城の月”の舞台・・・岡城阯
c0001578_0264933.jpg豊後 岡藩 七万石 中川氏の居城・・・“岡城”・・・別名“臥牛城”・・・断崖に築かれたこの石垣の造形は・・・難攻不落の名城の風格を今に伝えています・・・。
もととなるこの城の起源は・・・源 義経と縁のある山城という説もあり・・・歴史浪漫に満ちていて・・・そんな、こんなに想いを馳せながら・・・。

♪春ぅ~高楼のぉ~ 花の宴ん~
  めぐる盃ぃ~ 影ぇさ~してぇ~・・・♪

で、はじまる唱歌・・・「荒城の月」・・・。この作曲家である滝廉太郎は・・・少年時代を過ごしたこの“城阯の風景”をイメージしたと伝えられていて・・・大分県人の“ご当地自慢”のひとつです・・・。
私は・・・作曲家 滝廉太郎とともに・・・この作詞者 土井晩翠の歌詞も・・・非常にすばらしいと思っています・・・。

11月には・・・紅葉と“竹楽”で・・・晩秋を楽しめます・・・。エノハ(アマゴ)と熊谷酒造さんの「岡城」で・・・一杯飲みたくなる季節・・・。

More 「荒城の月」の歌詞とともに・・・
by project-beppin | 2005-09-23 00:27 | 大分の風土・行楽
夏休みの旅(その2)・・・桂浜の落日
14日(日)は・・・土佐(高知県)へ・・・龍河洞~竜馬歴史館~桂浜と廻りながら・・・“一家でドライブ”でした・・・。

c0001578_21374476.jpg♪土佐のぉ~
 こぉぅちぃ~のぉ~・・・♪
言わずと知れた土佐の名勝「桂浜」・・・・・・太平洋の荒波が打ち寄せる浜に立って見返すと・・・“龍馬像”のある小高い松林の丘に向かって・・・沈みかかる落日・・・。

前日の“別府湾の夕暮れ”とはまた違った・・・潮騒の聴こえる浜での夕暮れ・・・。

天気には恵まれましたが・・・蒸し暑~い一日・・・オヤジはバテ気味・・・。愚息たちは・・・それなりに行楽を楽しんでいたのが何より・・・。

More 龍河洞~龍馬歴史館~桂浜
by project-beppin | 2005-08-17 21:48 | 旅先の風土・行楽
杵築散策(その2):北台武家屋敷跡へ
杵築の原風景・・・なだらかな石畳を上ります・・・“勘定場の坂”・・・。

c0001578_21582213.jpgこの坂・・・島倉千代子さんが子供たちとすれ違う・・・大分県下では有名なコマーシャルに使われているんです・・・。

御城下であったことを偲ばせる坂道・・・馬も籠も往来したのでしょうかねぇ・・・。坂を上りながら振り返ると・・・杵築城の向こうに守江湾を見渡せます・・・。

上りつめると・・・“北台武家屋敷跡”の町並・・・新緑の木々と土塀の風景・・・。

北台武家屋敷跡
by project-beppin | 2005-05-25 23:51 | 大分の風土・行楽